いきなりびっくりしましたか? そう、修復に使用する糊を作るために小麦デンプンをお釜で炊くところから始まります。
お米、じゃなくて、小麦デンプンが炊きあがったら裏ごしして滑らかにします。ちなみに道具は事前に水につけておきます。乾燥してると道具が傷んだりしますからね。
どうして和紙の修復の世界に?
自分の作品が数百年後の後世に果たして残るのかと考え始めて・・・。そもそも数百年前から評価されている作品の修復を通じてそこに携われればと思ったんです。いまはまだ6年目ですからこの世界ではひよっこです。
より滑らかになるよう、刷毛でしっかり練ります。木桶の糊盆を使うのには理由があります。プラスチックや金属だと糊の端からすぐに乾いてしまい、オブラートのようになることがあります。それが破片になって混入したりしてはいけませんから保湿性のある木桶を使います。古糊と違って新しい糊の場合は艶もあって伸びもいいですね。
最適な糊の濃さは作業内容や修復の対象の素材や状態によって様々です。例えば絹を裏打ちする場合は紙の裏打ちよりも濃い糊を使います。紙同士はそもそも水でもくっついたりしますよね。つまりくっつきやすい素材です。ですから逆に濃い糊を使うと仕上がりが固くなってしまうので薄くしていきます。
和紙の修復にはどんな人が向いていますか?
絵心はいりません。修復に作家性は求められませんからね。まず文化財が好きなこと。それから延々と地道な作業を続けられる人がいいですね。細かい繊維を除去したり、糊をこねたり、そういう繰り返しの作業が苦にならない人が向いていると思います。
和紙を和紙で裏打ちしてみましょう。作品の場合は、表面の保護のためにレーヨンなどの紙を敷いたりします。まず、裏打ちを行う紙に湿りを与えます。このときに斜めからライトを当てて表面の状況を確認しながら皺を伸ばします。
この作業台は盤板(ばいた)と呼ばれています。ヒノキでできています。漆の面と白木の面があり、濡れ仕事は漆の面、切ったりする乾き仕事は白木の面を使います。
どれくらい古い作品を修復しましたか?
最近だと、室町時代の掛け軸の修復に携わりました。もちろん、その時は色々な専門家が集まってチームを組んで修復します。必要に応じて絵具などの化学分析などを行ったり調査も綿密です。修復にあたって起こりうる危険をしっかり想定して取りかかります。
このひっかけという道具で、糊を付けた裏打ち紙を持ち上げ、先ほど伸ばした和紙の上に置きます。その際、植物の棕櫚(シュロ)やツグでできた刷毛で撫でながら、端から少しずつ貼り付けていきます。貼り合わさったら、さらにしっかり撫でて接着させます。
これで裏打ちができました。もう剥がれません。今回はこういった毛氈の上に置いて乾かしますが、ボードに貼り付けて乾燥させる場合もあります。置くのと張り付けるのでは紙にかかる緊張が違うんです。リラックスしているかストレスを受けているかによって、乾いた時の紙の伸縮が違うんですよ。作品の状態や作業内容によってどのような乾燥方法をとるか判断しています。
世界中から和紙の修復の勉強に来るってホント?
本当です。世界の様々な国から修復家の方達が研修に来られます。彼らは主に洋紙の修復を行う方達が多いですが、日本の修復技術からも何か参考になることはないかと勉強にいらっしゃいます。
刷毛には色々種類があって、作業内容によって使い分けます。素材も鹿の毛、豚の毛、馬の毛、イタチの毛、それから棕櫚(シュロ)など様々です。刷毛の動きも撫でるものから、打つものまで様々。
この作品がもし掛け軸などの場合、さらに二層目の裏打ちを行いします。掛け軸は巻いたり広げたりしますよね。すべての裏打ちを新しいデンプン糊で行うと仕上がりが固くなって、伸ばした時にクセが付いてバネのようになることがあります。だからできるだけ柔らかく仕上げるために10年近く熟成させた糊を使います。
京都と東京で形も名前も違います
表装の技術が元になっている和紙の修復は、道具も地域によってネーミングや形が異なるものが多いです。まず刷毛の形は京都のものは丸いですね。東京の刷毛は角張っています。さきほど使った「ひっかけ」も、東京だと「かけだけ」や「かけざし」などと呼ばれたりします。