Column文化遺産コラム

文化遺産の「ヒト」

文化遺産国際協力コンソーシアム  会長就任インタビュー

2019年03月27日

インタビュー 青柳正規

文化遺産国際協力コンソーシアム第3代会長 東京大学名誉教授

1944年大連生まれ。古代ギリシャ・ローマ美術史研究の第一人者として、40年以上にわたり、地中海遺跡の発掘調査を続けている。1967年東京大学文学部美術史学科卒業後、1969-1972年ローマ大学に留学、古代ローマ美術史・考古学を学ぶ。文学博士。東京大学文学部長、同副学長を経て、国立西洋美術館長、独立行政法人国立美術館理事長、文化庁長官を歴任。東京大学名誉教授。山梨県立美術館館長、東京藝術大学特任教授。日本学士院会員。2011年NHK放送文化賞受賞、2017年瑞宝重光章受章。

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就任から1年。改めて抱負を語る

この文化遺産国際協力コンソーシアムは、非常に重要性を増しています。日本の政府開発援助(ODA)は、バブル期には巨額でしたが、その後急速に縮小し、対国民総所得(GNI)比も減っています。逆に他国では、援助額を必死に維持し、積極的に援助を行うことによって、プレゼンスを高めている国もあります。日本の場合には、実際の金額が減っているので、違う方向で何か考えなくてはいけません。そこで重要となってくるのが、文化援助です。

例えば、海外の方から、その国にある文化財の保存、あるいはそれをもう一歩進めて観光に結びつけるような活用の方法で、ぜひ協力をしてほしいと言われています。一つの例ですが、文化協力、文化交流、文化援助というものが、これからの日本の国際社会におけるステータスを維持するために大変重要になっています。これは、人材養成や人材派遣が主になるので、これからの日本にとっては政策的にも適合しているのではないかと思います。そこで、この文化遺産国際協力コンソーシアムの役割が、今後、非常に重要になってくるのではないかと考えています。コンソーシアムという名前のとおりに、国内の研究者、あるいは大学・研究機関、公的機関、国際協力支援機関や民間助成団体の協力と情報の共有化が必要です。そして、どこにニーズがあって、効果的な活動ができるのかをみんなで勉強しながら、可能なところを探るということが重要です。

もう一つは、情報共有化のために、データベースあるいはアーカイブの専門家も取り込んで、強化していけるとコンソーシアム自体の活動強化につながるのではないかと考えています。文化庁も、既にあったイタリアとの2国間協定をもう一回見直して、少し交流を活発化しようとしています。これから実質的に何を行っていくのかを見直し、自然災害に直面した場合の文化財レスキューの方法を考えることが提案されています。そうした場合にも、我々には阪神・淡路大震災や東日本大震災、あるいは熊本地震での経験というものがありますし、情報を集積して、2国間協定の強化のためになればいいと思います。奈良文化財研究所では、2014年度より「考古資料および文献史料からみた過去の地震・火山災害に関する情報の収集とデータベース構築・公開」という災害考古学の事業に取り組み、全国の災害に関する文化財関係のデータ収集などを行っています。もちろん、奈良文化財研究所にも手伝ってもらえるよう、われわれも積極的に関わっていきたいということがあります。それから、もう一つは、私の所に直接来ているものです。リビアはまだ治安の安定には程遠い状態ですし、アルジェリアもなかなか厳しい情勢が続いています。唯一、チュニジアだけが安定した状況になりつつあり、そろそろ考古学マップなどを作りたいということを聞いています。発掘そのものよりも、前提となるような調査に日本が協力してくれないかという話です。

以上、申し上げたように、このコンソーシアムに対する期待が非常に高まっていると思います。最初に申し上げたように、関係者間での情報共有、いろいろな課題に関して議論をすすめてきちんとした方向性を出すこと、それを現段階で進めていけば、ある一定の社会的な期待にも応えることができます。それがまた一方で、コンソーシアムに対する外からのご協力の拡大にもつながるのではないでしょうか。

日本の国際協力、どう思いますか?

国際協力には、いろいろなやり方があると思います。「国境なき医師団」のようなものが一番国際的な広がりを持って貢献度の高い国際協力のあり方だと思います。それと同時に、今、それぞれの国が持っている文化財をどう守っていくか、あるいは傷んだ文化財をどう引き上げて、それに補修・修復の手を加えるかが、かなり大きくなっていると思います。その辺りを日本はもっと積極的に取り組んでいきたいのですが、日本の場合、国の職員の数は国民当たり世界でも一番少ないぐらいです。例えば、イタリアでは、ナポリの考古学博物館の修復部だけで、今、約70人います。そうすると、国際協力で遺跡の保存をお願いしたいというと、すぐ5人、10人と派遣できます。ところが、日本の場合、もともと保存や修復を行う専門職員が独立行政法人を含めた公的機関の中に、非常に少ないので、人を派遣することが非常に難しいです。結局は金銭的な解決方法になって、現地での存在感が非常に薄いです。そういったことをもう少し、戦略的に考え直して、国境を越えた文化財レスキュー隊のようなものが日本の中にできて、声がかかればどの国にでも行くというように、プレゼンスを高めることができれば、もっと日本の貢献が正当に評価されると思います。金銭は使っているけれども、それだけで終わってしまっているので、国際社会の中で日本の貢献が過小評価されているということが一つあります。

その一方で、実際に日本人が手がけた海外での文化財に関する仕事は、非常に精度が高く、仕事をきちんと行っているので、向こうの専門家たちは大変評価しています。なるべく日本に取り組んでもらいたいという話はいろいろな所で聞きます。そういうことがもっとよく見えるような状況にもっていくための知恵を絞ることも、コンソーシアムの一つの役割ではないかという気がしています。

研究者としての 取り組みは?

一つは、2002年から開始しているナポリ近郊のソンマ・ヴェスヴィアーナという所で、ローマ時代の遺構の発掘を行っています。幸いなことに、東京大学による総合学術プロジェクトとして予算化されているので、毎年現地で使う費用だけでも約5000万円の資金で継続しています。今、イタリアでは最も組織的、学術的に調査が進められているサイトとなっています。約4年前には、われわれのサイトを中心に、イタリアの消防隊(※)が訪れました。文化財レスキューのトレーニングをわざわざイタリア放送協会(RAI)というNHKのような国営テレビに撮らせて、レスキューの状況を放映した、そういう場所にもなっています。この遺跡はアウグストゥスの別荘ではないかと言われていましたが、発掘結果ではそれがなかなか証明できませんでした。地域の期待が大きくて、一番近い駅がメルカート ヴェッキオ(古い市場)という名前から、ヴィッラ アウグステア(アウグストゥスの別荘)という駅名に変わりました。そういう意味で、地域おこしに貢献し始めているし、地域のかたがたが地域の活性剤としてここしかないという思いを持ってくださっています。市民の考古学クラブのようなものがいろいろありますから、なるべくそういう人たちを取り込んで、その人たちの遺跡だともっていくように工夫をしています。幸いなことに、イギリスでパブリック・アーケオロジーを勉強してきた東京大学の准教授、松田陽さんが自分の一つのパイロットプロジェクトとして取り組んでくれています。彼の意見に従いながら、市民が自分たちの遺跡であるという意識を高めつつ、科学的な調査についてはわれわれが行っています。

もう一つは、Union Académique Internationale(UAI)という国際学士院連合があります。ここにはいろいろ下部組織があって、ローマ帝国の遺跡地図を作ろうという委員会があります。そこに私は加わっています。そのような情報交換の場が、ヨーロッパにはいろいろとあります。そうした国際的なネットワークのコアになっている委員会がいろいろあると思うので、ぜひ若い研究者たちはそういう所に早くから参画して、日本の人文系のサイエンスの国際化を進めてほしいです。そういう意味でも、国際化のさまざまな情報が集まるコンソーシアムは日本の人文学の国際化にも貢献できるのではないかと期待しています。
※:文化財を含め、災害時の初期対応を担う。

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