
カイロ旧市街の持続可能な保護策のための事業/住民参加のまちづくり(緊急的文化遺産保護国際貢献事業:専門家交流)
2021年「カイロ旧市街の持続可能な保護策のための事業/住民参加のまちづくり」
エジプト 歴史都市カイロ・ダルブアフマル地区スーク・シラーハ(武器市場通り) |
2021年11月~2022年3月 | 人材育成,意識啓蒙・普及活動 |
2022/10/06 |
2021年「カイロ旧市街の持続可能な保護策のための事業/住民参加のまちづくり」
エジプト 歴史都市カイロ・ダルブアフマル地区スーク・シラーハ(武器市場通り) |
2021年11月~2022年3月 | 人材育成,意識啓蒙・普及活動 |
2022/10/06 |
<問題点>
世界有数の歴史的価値をもつヒストリック・カイロ(旧市街)は1979年に世界遺産に登録された。10世紀末に矩形都市アル・カーヒラ(カイロ)が営まれ、サラディンが城塞を建設し、その後に数多くの建造物が築かれ、繁栄を享受した。現在もそれらの歴史建築が残るだけでなく、複雑な街路網と稠密な市街地状況には19世紀初頭の都市組成が保たれる。
しかしながら、アラブ革命以後の混乱に加え、昨今のシシ政権による強制的インフォーマル街区の一掃と再開発に際し、緊急度の高い危機的な状況を呈している。政府主導の老朽化住宅の一斉撤去と従来の町割を無視した都市計画の施行は目に余るものがあり、世界遺産指定街区内といえどもその危機に晒されている。
加えて、歴史的街区における歴史的建造物は、観光考古省により登録・修復されているものの、柵で囲み施錠し、利用していないため、痛みが激しくゴミ箱のような状況を呈している。歴史的価値を持ちながら登録されていない建物も多い。
著者は2016年より都市遺産の良好な保全のためには、そこで暮らす住民の遺産に対する意識が重要であるという観点から、住民意識の啓蒙活動を行なってきた。その一環として、本事業においては
・スーク・シラーハ通りに注目し、そこに残る歴史的建造物の利用法を住民とともに考え、
・国立景観機構と協力して、住民と行政を繋ぐファシリテーターの重要性を訴え、
・エジプト人建築家によって、未来のスーク・シラーハ像を提案し、それを行政、住民とともに考える
という一連の事業を計画した。
なお、それと並行してスーク・シラーハ通りの現況を捉えるための悉皆調査を行い、日本人専門家とエジプト人建築家が参加して、情報を共有した。
2022年1月8日(女性)、9日(男性)という形で2回の住民が参加し彼らの意見を聞くワークショップを開催した。スーク・シラーハ通りにある6つの観光考古省登録建造物を選んで、それぞれの利用法について、彼らの意見を聴取した。ワークショップを男女別にしたのは、男女別の方が話しやすいという住民からの意向に沿ったものである。台紙にスーク・シラーハの地図を印刷し、建造物の写真を貼って、住民の考えを付箋紙に書き込んで貼り付ける形とした。
参加住民は、歴史的建造物の再利用を望んでいて、その利用法も地元活性化目的の観光目的だけではなく、病院や図書館など地域に根ざした提案もあったことは興味深い。また、ゴミ問題、交通問題などの問題点が浮き彫りにされ、継続プロジェクトの課題とすることができた。
国立景観機構との協力の下にオンライン講座を開催し、6名の日本側発表者が日本語で講演し、同時通訳の形でアラビア語に翻訳した。中東の伝統的都市空間、中東の公共喫茶空間、川越での保全実例、海外の歴史的建造物再利用の実例、日本での住民参加の試み、前回までプロジェクトでの日埃学生共同作成の更新案紹介という構成であった。参加者側との質疑応答も活発に行われた。
質疑応答の中で、1月開催の住民参加のワークショップも紹介され、歴史都市カイロにおける地区開発に関する住民参加のモデル例となることが指摘された。
本事業のカウンターパートであるアズハル大学サラー教授、メヌーフィヤ大学アラー教授に、1月に開催した住民ワークショップでの成果を基盤として、未来のスーク・シラーハ像の作成を依頼してあった。その資料を住民に紹介する形のプレゼンテーションがなされ、その後に街歩きを行なった。ユネスコ、ワールド・モニュメント・ファンド、観光考古省のメンバー参加し、行政側と住民とを繋ぐきっかけを作ることができた。
質疑応答の中で、近年のインフォーマル住居や、耐震性のない建物の撤去・倒壊などについての意見が活発にやり取りされ、住民にとっても自分の住む場所をめぐる政府の動態が注視の的になっていることがわかった。実際に参加者が街歩きをする中で、より身近な問題も明らかとなった。
エジプト人建築家4名と日本人専門家3名が参加し、スーク・シラーハ通り一帯の悉皆調査を行なった。建物の用途、階数、推定建設年代、材料を一軒ずつ調べ、地区の状況を把握した。この資料は2022年初頭の地域の状況を把握する基礎となる。それぞれの家の写真も折り込み、 “Souq al-Silah; Maps, Buildings and Vision”として、アラー氏提案の未来像とともにまとめ、印刷し、エジプトの省庁を中心に配布した。現在はそのアラビア語版作成中である。
それと同時に和文の報告書を作成し、遺産の状況、住民たちとの交流の過程を記述した。実働できた期間は11月後半から3月半ばまでと4ヶ月足らずの短い期間であったが、住民等との対話の中から、同地区におけるさまざまな問題点が浮かび上がってきた。また、事業に参加した住民たちは、自分たちの居住区域の生活状況の改善を願っており、実際に住民の意見を反映したプロジェクト実現を切に望んでいる。同報告書の中の「はじめに」から以下を引用したい。
協議調整(デザインレビュー);連健夫記
建築やまちづくりにおいて、良質な、美しい、といった定性的な観念を取り入れるには、協議調整が大切とされている。住民ワークショップでの競技調整、オンラインレクチャーでの情報共有を経て、協議調整(デザインレビュー)が実施されたことは現地における今後の住民参加の保存まちづくり活動の一助になるとともに、日本においてもこの経緯が役立つと思われる。これからもフォローすると共に、なんらかの形でサポートができればと願っている。
本事業の成果は、以下の動画からもご覧いただける。
https://drive.google.com/file/d/1KumSdZQWSmGzXFSFN5fECytNVHN32Lmd/view
(著者:深見 奈緒子)