
Survey on the Protection of Cultural Heritage in the Kingdom of Bhutan ブータン王国における文化遺産保護状況調査
文化遺産国際協力コンソーシアム
ブータン王国 ブータンの文化遺産 |
2010年 | 基礎研究 |
2011/03/01 |
文化遺産国際協力コンソーシアム
ブータン王国 ブータンの文化遺産 |
2010年 | 基礎研究 |
2011/03/01 |
ブータンは敬虔な仏教徒の国であり、現在でも生活の隅々に仏教の教えが色濃く残る。中国とインドという大国に囲まれながらも独自の方法でその伝統を守り抜き、現在でも多くの文化遺産や伝統技術が生活の中に息づいている。
ブータンの代表的な有形文化遺産には、建造物として城塞建築のゾン(政庁兼僧院)、宗教建築のラカン(寺院)、ゴンパ(僧院)、チョルテン(仏塔)、古民家などがある。動産では仏像や仏画、経典など仏教に関係するものが中心であり、無形文化遺産ではチベット仏教のチャムと呼ばれる仮面舞踊、ツェチュと呼ばれる年中祭事、また織物などの伝統工芸技術が有名である。
2009年にブータン東部を強い地震が襲い、多くの寺院や民家などが被害を受けた。文化遺産国際協力コンソーシアムにもユネスコを通じて文化遺産被災情報が届き、支援に向けた現地調査への要請があった。
日本からは1992年まで10年間にわたり、文化庁によって歴史的建造物に係る保存修復協力が行われた実績がある。しかしこの協力以降、現地の文化遺産保護に関する情報はほとんどなく、いかなる支援を行う上でも必要な、保護状況を調査する必要性が認識された。また、建造物以外の文化遺産に関する協力もあまり行われてこなかったため、同時に動産や無形遺産についても協力のニーズを幅広く把握する必要も認識された。こうして文化遺産国際協力コンソーシアムでは調査団を派遣することとなった。
調査には過去にブータンの国立図書館顧問として10年近く活躍した経験を持つチベット仏教の専門家も参加した。ブータンは仏教国であるため、国立図書館の蔵書の多くは経典である。したがって図書館は経典を収める経堂であり、一般的な図書館とは大きく異なっている。また、国立博物館に収められていたものの多くも仏画や仏像である。有形遺産においても無形的な側面にこそ本質的な重要性があると認識されているブータンにおける文化遺産保護を考えるには、大乗仏教に根ざした精神性についても十分理解する必要があることが、今回の調査で改めて認識された。
過去に行われた各専門家の調査でも指摘されているが、一般的に私たちが考えるような文化遺産概念はブータンには存在しない。それは、彼らが守るべき文化遺産とは、突きつめれば物質的なものではなく精神的なものであるという、仏教的な思想に基づいている。しかしながら今回の調査では、この姿勢が近代化によって変化しつつある様子も垣間見られた。特に実際に有形文化財保存に携わる専門家は、海外で技術と理念を学ぶため、国際的な文化遺産保護理念を共有しはじめている様子も見られた。
ブータンで重要視されている口承伝統や伝統的織物技術に関しても、グローバリゼーションの流れの中でその消滅を危惧し、保護方策を講じるための支援を必要としている様子が見られた。また、地震で被害を受けた建造物については、近代技術による耐震性向上を図るべきという意見と、文化的価値を持つ伝統様式を守るべきという意見の葛藤が見られた。伝統的建築技術の科学的評価や、その応用による伝統的建造物の改善といった分野での支援を日本に期待する声があった。
どの部分に日本が応えられるのか、文化遺産の概念からして相違のあるブータンに対して協力を進めるのは容易ではない。しかし今回の調査で明らかになった要望のなかで協力できる部分に着実に対応するためにも、十分な検討を行い、長期的な支援につなげていくことが必要である。