Column文化遺産コラム

文化遺産の「ヒト」

人類の未来が掛かっている 文化遺産国際協力はそれくらいの活動です

2016年08月03日

インタビュー 石澤良昭

上智大学アジア人材養成研究センター 所長 上智大学 特別招聘教授

文化遺産国際協力コンソーシアム顧問
専門は東南アジア史、文化遺産学と碑刻文研究。とりわけカンボジアのアンコール遺跡の調査・研究とその人材育成に長年携わると同時に、会長として国内外の文化遺産の専門家・研究者400名余りの会員と共に国際協力活動を展開している。

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こんなニュースが!

IS(イスラム国)による世界遺産パルミラ(Palmyra)が 破壊される

2015年8月下旬、世界遺産のパルミラ遺跡のバール・シャミン神殿とベル神殿が破壊されました。さらに10月上旬、パルミラ遺跡の凱旋門も破壊されました。パルミラ遺跡は紀元前1世紀から紀元3世紀に栄えた都市遺跡です。パルミラにはローマ時代の神殿、凱旋門、円形劇場、浴場なども残っていました。この文化遺産の破壊という野蛮な行為に対して私たちは怒りを表明したいと思います。
シリアとイラクの遺跡や博物館を標的とする破壊活動に対し、これら文化財が換金の対象とされることをたいへん危惧しています。そうした違法の美術品や考古資料が日本国内に持ち込まれた場合、コンソーシアムは可能な限り流出文化財の返還に協力したいと考えています。

コンソーシアムを語る

文化遺産に対するテロ行為と10周年の次のアクション

コンソーシアムは2016年で設立から10年を迎えました。もともとコンソーシアムは、「海外の文化遺産の保護に関わる国際的な協力の推進に関する法律(議員立法 平成18年法律第97号)」により設立された国際協力のための団体です。特に、画伯・平山郁夫先生や国会議員の古屋圭司先生など、多くの人たちの尽力により法案が成立しました。私たちコンソーシアムには、世界の文化遺産の専門家・研究者400名余りが、海外の文化遺産の保存・修復のお手伝いをすると同時に、経済協力と連携しながら文化遺産を活用する方法の助言などを実施しています。なぜ今、世界の文化遺産を保護することが必要なのでしょうか。それは文化遺産を文化の「資源」と考え、そこにたくさんの情報が含まれていると考えられるからです。その情報を引き出すことにより、往時の歴史・文化・経済を知り新しい発見や発掘成果を観光客へと提供することができるのです。

この文化遺産、我が人生!

「アンコール・ワット」は 「人間とは何か」を問いかける遺跡である

文化遺産そのものは過去・現在・未来をつなぐタイムトンネルであり、情報源となる遺跡の調査、研究、観光などを通じて、往時の人たちとのコミュニケーションの「場」を再現してくれます。アンコール都城は、宗教的宇宙観に基づき造営されました。遺跡の中に、往時の人たちの願いや祈りが塗り込められて造られています。アンコール・ワットの5基の大尖塔、バイヨンの四面仏尊顔、バンテアイ・スレイの美しい女神と切妻壁のヒンドゥー教神話など、枚挙にいとまがありません。これらの大寺院や祠堂の壁に彫られた浮彫や絵図を通じて、当時の人たちがどんな生活をしていたか、どんなことを願っていたかなどを、深く考えさせられます。
ところが、文化遺産は人類全体にとって普遍的な価値を持つものとして考えられるようになったのは、今から約30年ほど前からです。この考え方は、過度の経済開発・戦争・公害汚染などから人類の遺産を守ろうとする過程で生まれ、形成され成長し、展開してきました。自然環境や民族固有の文化や伝統を守り、地域の自然のユニークさおよび民族文化の多様性を体現するものとして、自然遺産や文化遺産は高く評価されたのです。それは、世界の中でお金では買えない自然的・人間的価値を保持し、アイデンティティそのものを表示する大きな役割を果たしています。この役割に基き、文化遺産の重要性と学問的情報を再構築し、文化遺産を「科学する」意義が生まれてきます。
それに加えて、文化遺産の研究保存と修復事業は、世界の均一化現象とは反対に、個性豊かな地域性と民族の伝統、その国・地域の固有の文化などを私たちに見せてくれています。

いまとても大切なこと

文化遺産の保存・修復作業から平和構築へ ―アンコール・ワットの事例から

カンボジアは1993年にやっと平和になりました。24年間、4派に分かれて内戦をやっていました。私は内戦中にカンボジアに入りました。私自身、文化遺産の破壊や盗掘を目撃してきました。現在のシリアやイラクで起こっている状況も、当時のカンボジアと同じです。和解のキーワードとして、「カンボジア人の手による、カンボジアの遺跡保存修復」を提唱し、和解の現場としてアンコール・ワット西参道修復工事を実施しました(1996年~2007年)。それはまさに遺跡の修復を通じた平和構築でした。
文化遺産の保存修復とその成果は、カンボジアの人たちを元気にすると同時に、文化的誇りと自負を与えてくれるという大きな民族的波及効果を持っています。どの民族も、自己の独自性を再発見するきっかけは、自分の国の文化遺産を掘り下げた考察が一つの動機であり、その文化遺産の学術的解明は、民族に大きな誇りを与え、民族アイデンティティ確立にまで発展するものなのです。

好奇心溢れる子供たちへ

子供たちの修学旅行を提案します

私自身の体験として、ほとんど先入観がない状態でカンボジアでの大きな遺跡に出会いました。「これは何だ?!」という素朴な驚きはとても強い好奇心につながるものです。
B.アンダーソンのいうように(『想像の共同体』)、国民としてアイデンティティを持つためには、その国内の多くの地域を巡り歩くような「巡礼」が効果的です。例えば、カンボジアのすべての小・中学校の生徒たちがアンコール遺跡に修学旅行するのはどうでしょうか。私たち日本人は、奈良と京都を修学旅行で必ず訪れ、「日本人であること」を認識しました。カンボジアでは、文化遺産への修学旅行を国策として提案し、さらに文化遺産の相互訪問と研修の参画などを通じて地域アイデンティティを醸成していきます。「修学旅行ネットワークをみんなで広めよう」などのアイデアも面白いと思います。

さあ次はどこ行こう

文化遺産を災害から守る、国境を越えたレスキュー体制を提案します

災害から文化遺産を守るための防災専門人員を配置し、助言を受ける。防災に向けての専門的な実地訓練が重要です。アユタヤ遺跡は2012年に大洪水に見舞われました。その教訓を活かして、文化遺産の防災に向けた情報交換とネット・ワークを早急に構築するよう提案したいと考えています。
具体的にお話ししますと、まず、危機にある文化遺産の情報を発表します。次に、その文化遺産のデータの収集と情報交換の作業を行うのです。特に東南アジア地域では、台風やサイクロン、津波・洪水、地震、火災など、大規模な災害はいつでも起こる可能性があります。こうした災害時における保存修復分野における情報交換と防災協力体制を新しく構築することを提案したいのです。

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