アジア諸国における文化遺産を形づくる素材の劣化と保存に関する調査・研究

事業名称
アジア諸国における文化遺産を形づくる素材の劣化と保存に関する調査・研究
実施地域・国
複数国/地域横断
地域
アジア
文化遺産の分類
歴史的建造物
事業実施機関
東京文化財研究所
期間
2006年 ~ 2010年
協力の種類・事業区分
学術調査・研究
資金源
その他

活動内容

【目的】
アジア諸国では、レンガ、土、石など、各地の遺跡に共通して用いられている材料が認められている。本研究では、地域で区切って研究を行うのではなく、各文化財に共通して用いられている素材を調査・研究することから、その素材で形作られた多くの文化財の保存修復に寄与することを目的とする。具体的には、材料の物性とその劣化に関する基礎的な研究を行うことから、それぞれの材料が劣化しにくい条件を考慮し、材料に対して、あるいは遺跡の環境に対して、材料劣化を起しにくい条件を与えることで、文化財の保存修復に貢献する。

【成果】
2006年度:カンボジア・アンコール遺跡群のタ・ネイ遺跡において、石材表面を覆って存在する生物群に関して検討を行った。タイ・スコータイ遺跡のスチュリム寺院では、レンガ造漆喰仕上げの大仏表面に繁殖する生物群の検討を行った。また、気象観測とデータ解析に関する現地若手研究者の研修を行った。ベトナム・ミーソン遺跡では、環境計測装置を設置してデータ回収と解析を行うとともに、現地若手研究者の研修を行った。

2007年度:素材の劣化に関する基礎的研究として、表面粗さ計を開発し、屋外において文化財表面が劣化した場合に、どの程度の凹凸が形成されているかを定量化できるシステムを確立した。また、エコーチップ試験器を用いて石材の硬さを定量的に計測する方法を確立し、さらに接触角計を用いることにより、合成樹脂による撥水処理効果を定量的に評価する方法を確立した。こうした基礎研究を受けて、カンボジア・アンコール遺跡群のタ・ネイ遺跡において、砂岩の表面に蘚苔類が繁茂した部分では、そうでない部分に比べて表面硬度が低下していることが明らかにされ、蘚苔類が繁茂しにくいような環境を与えることが遺跡の保存に有効な可能性が指摘された。また、タイ・スコータイ遺跡においては、遺跡の撥水処理を行うに際して、その効果に対して表面粗さがどのように影響を与えるかに関する現地実験を開始した。

2008年度:石材の表面に微生物が繁茂することを避ける目的で、石材表面に撥水剤が塗布される形で保存対策が取られる場合が少なくないが、過去にそうした撥水処理が施された文化財について、その後の状況を詳細に調べることから、撥水処理の効果と弊害について検討した。その結果、直接雨の影響がない部分では、処理後20年が経過しても引き続き効果が持続し、微生物繁茂が起きていないのに対して、表面に凹凸があり、日射が乏しく水分蒸発が乏しい部位では、たとえ撥水効果は持続していても、石材に染み込めない水の影響でかえって微生物繁茂が促進されている状況が明らかにされた。これは、撥水処理を行うためには、部位の環境条件を十分に理解し、適切な環境において実行される必要があることを示している。こうした基礎研究を受けて、タイ・スコータイ遺跡においては、具体的にどのような環境であれば撥水処理の効果が得られ、どのような環境であればかえって弊害が引き起こされるかについて現地調査を進めた。具体的には、遺跡周辺の温度・湿度・風速・風向・日射などの各種環境データを計測するとともに、微生物が繁茂している部位としていない部位とにおける蒸発量の違いを計測し、現実に撥水効果が得られやすい環境条件と弊害を起こし得る環境条件とについて解析した。また、カンボジア・アンコール遺跡群のタ・ネイ遺跡において、砂岩の試料を多数作成し、その強度や帯磁率に関する初期条件を計測した後、微生物が繁茂しやすいと想定される環境としにくいと想定される環境とにそれぞれを設置し、その後の変化を調べる実験を開始した。試料の中には既に微生物が繁茂し始めたものもあり、そうしたものでは強度低下が観察され始めている。こうした解析が、遺跡で今後適切に生物繁茂を軽減していく方向を検討することに貢献すると期待される。

2009年度:文化財に用いられている石材が屋外で風雨に晒される場合と、覆屋内部で保存される場合とで、風化の進行がどの程度異なるかを定量的に計測した。その結果、屋内でも石材の強度低下は起きるものの、屋外に比べればその程度が有意に軽減されること、ただし、屋外での強度低下は一様ではなく個々の状況によりバラツキがあることが明らかにされた。こうした基礎研究を受けて、タイ・スコータイ遺跡において、覆屋により遺跡保護を試みている現場を視察し、その効果と弊害について調査するとともに、一例として、歴史的には覆屋が存在した証拠があるものの現在はなくなっているスリチュム寺院において、温度・湿度・風速・風向・日射などの各種環境データを計測することなどから、覆屋を今後構築することの是非について、科学的な見地から検討した。また、カンボジア・アンコール遺跡群のタ・ネイ遺跡において、砂岩の試料を蘚苔類が繁茂しやすい条件に置き、強度低下がどのように起きるかを定量的に計測した。現時点ではまだ、蘚苔類が繁茂した試料とそうでない試料との差はそれ程顕著ではないものの、実際の遺跡で長期間蘚苔類が繁茂し続けていると判断される部位では、そうでない部位に比べて有意に強度が低い結果が得られたことから、微生物繁茂の石材風化への影響が今後定量的に議論され、それに対する具体的な対策を検討することへの貢献が期待される。

2010年度:昨年度までの研究により、覆屋を設けることが遺跡の保存に有効となる場合があることが定量的に指摘されていたが、今年度はさらに細かく覆屋の形態に注目し、覆屋のタイプの違いによりその効果がどのように異なるかを検証した。その結果、例えば凝灰岩と花崗岩とでは覆屋の効果が異なる(凝灰岩に対しての方が覆屋効果が概して大きい)など、遺跡を構成する材質ごとに状況が異なることがわかったため、まずは材質を正確に把握することが重要であることが確認された。こうした研究に関連した日本国内の現場を、共同研究を進めるタイ文化省芸術局や、インドネシア文化観光省の研究者とともに訪れることにより、研究成果を各機関で共有した。海外の現場としては、タイ・スコータイ遺跡のスリチュム寺院において、温度・湿度・風速・風向・日射などの各種環境データを引き続き計測した。また、カンボジア・アンコール遺跡群のタ・ネイ遺跡において、砂岩石材表面に存在する地衣類について解析し、それが砂岩の風化に与える影響について引き続き検討した。同遺跡において砂岩試料に蘚苔類を繁茂させる現地実験では、既に表面に蘚苔類が繁茂した試料があり、そこでは実験開始前の初期値に比べて有意に物性値が低下していることが確認された。

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