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アンコール遺跡群タ・ネイ遺跡における遺跡の生物劣化と保存対策に関する共同研究

Joint research on the biodeterioration of and conservation measures relating to the Ta Nei site in the Angkor complex アンコール遺跡群タ・ネイ遺跡における遺跡の生物劣化と保存対策に関する共同研究

東京文化財研究所

カンボジア王国

アンコール遺跡群タ・ネイ遺跡

2000年〜継続中 事業計画書
2011/03/01
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BACKGROUND背景

タ・ネイ遺跡とは

 アンコール遺跡群はアンコール王朝(9世紀~15世紀頃)の首都の跡で、アンコール・ワットをはじめとする数多くの遺跡が集中している。タ・ネイ遺跡はアンコール・トムの北西に位置し、著名なバイヨン寺院らと同様に12世紀末〜13世紀初頭頃のジャヤヴァルマンⅦ世の治世下で造られた寺院遺跡である。遺跡群内の多くは樹木の伐採や石材の積み直しなどの能動的遺跡活用が進められているのに対し、タ・ネイ遺跡はほぼ自然のままの状態で残されている。

生物劣化に関わる問題点

 遺跡群内の他の遺跡と同様にタ・ネイ遺跡も主として砂岩とラテライトの石材で構成されているが、石材表面には地衣類や蘚苔類などの様々な生物が繁茂し、整備が進んでいない分それが顕著である。通常の遺跡整備では、こうした生物は遺跡を劣化させる要因と認識され、除去の対象となることが多いが、具体的にどのような生物がどのように影響を与えるかをきちんと理解しなければ、根本的な問題解決は容易ではない。

プロジェクトの趣旨

 本プロジェクトでは、遺跡表面に繁茂する生物がどのような性格のもので、具体的に遺跡に対してどのような影響を与えているか(あるいは与えていないか)を検証することを試みるものである。そのことにより、遺跡を良好な状態で保存活用するためには、そうした生物を今後どのような状態にしていくのが適切なのか、そしてそのためには具体的にどのような対策を施せばそれが実現できるのかを明らかにすることを目的としている。

生物繁茂の状況

ACTIVITIES活動内容

環境計測

 遺跡の環境を理解するために、2000年より現地に気象ステーションが設置され、温度、湿度、風速、風向、日射などの項目について自動計測が続けられている。このデータ回収は、日本で研修を受けたカンボジアの研究者により行われている。また、ステーション設置場所以外についても、典型的な生物種が見られる箇所で、魚眼レンズを用いて全天空写真を撮影することにより、それぞれの部位への日光の当たり方を調査している。

生物の同定

 遺跡のそれぞれの部位において、どのような種類の生物が卓越して存在しているかを、国立科学博物館と共同で調査し、生物種を同定した。タ・ネイ遺跡においては、地衣類について34属41種が、蘚苔類について蘚類8科8属9種、苔類2科2属3種がそれぞれ同定され、その他に藻類も認められた。一般に、地衣類は日射が多く乾いた箇所で卓越し、蘚苔類は日射が少ない箇所や水の通り道などの湿った箇所で卓越する。

劣化状況調査

 それぞれの種類の生物が繁茂している箇所の下の石材で、それが繁茂していない箇所の石材とどのような違いが生じているかを検証した。蘚苔類を除去して石材表面を曝した箇所、地衣類が繁茂している箇所、破断面もしくは漆喰が剥落したことにより新鮮な石材が曝された箇所、において、他の条件が同じになるように調整した上で、エコーチップ試験器による反撥硬度と帯磁率の測定がおこなわれた。また、転石は日本に持ち帰って分析された。

気象観測ステーション設置風景

生物種の同定

薬剤によるクリーニング実験

RESULTS結果

調査結果

 蘚苔類が繁茂している直下の石材は、新鮮な石材や、地衣類が繁茂している石材よりも、硬度も帯磁率も低下していることが判明した。地衣類が繁茂している石材では、硬度はやや低い値だが、帯磁率に大きな違いは見出されず、有意な物性低下は検知できていない。顕微鏡観察でも、蘚苔類が繁茂した石材では空隙が多い表面層(皮膜)が見出され、蘚苔類の繁茂は、その下の石材が劣化していることを示す指標となっていることが確認されている。

因果関係の検証

 地衣類については、今のところ石材風化との直接的因果関係は判断できない。蘚苔類は、下の石材が風化していることを示す指標となっているが、蘚苔類が石材風化を促進させたのか、風化した場所に蘚苔類が後から繁茂したのかによって、既存の蘚苔類に対する対処の判断は変わってくる。そこで、予め初期物性を測定した石材を現地に設置し、表面に蘚苔類を繁茂させることで、どのように物性変化が現れるかを検証している。

対処法の検討

 いずれにしろ現在蘚苔類が繁茂する箇所の環境を、そうでない箇所の環境に近づける、すなわち日射条件や水分条件の改善を試みることが、さらなる石材風化を防ぐことに繋がると判断される。その一方で、既存の生物をクリーニングした場合に、その効果と石材への影響がどの程度あるかを検証する試験も進めている。生物を確実に除去できる方法であることとともに、それによって石材の物性に変化を与えない方法が検討されている。

砂岩の風化皮膜

帯磁率調査

MAP地図