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シリア・アラブ共和国における文化遺産保護国際貢献事業(緊急支援・専門家交流)

シリア・アラブ共和国における文化遺産保護国際貢献事業(緊急支援・専門家交流)

筑波大学

シリア・アラブ共和国

シリア・アラブ共和国内の遺跡、特にイドリブ県・アレッポ県所在の世界遺産「北シリアの古代村落群」内の破壊の危機にある遺跡

1) 2016年11月~2017年3月 2) 2017年11月~2018年3月 人材育成,保存修復,意識啓蒙・普及活動
2022/07/29
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BACKGROUND背景

事業の背景・具体的オペレーションの選定

 2011年春のシリアにおける内戦勃発以来、シリア各地の文化遺産は、戦闘により被災したり、博物館や遺跡から略奪盗掘にあい密売されたり、あるいはISによって故意に破壊されるなど、極めて深刻な状況に陥っている。シリアの歴史は、農耕の始まりや都市文明の開始、文字の始まり、冶金術やガラス工芸技術の発達、アルファベットの発明、ヘレニズム文化の波及、ローマとパルチアの攻防、初期キリスト教会の発達、イスラーム初期王朝の発展など、人類史上極めて重要な役割を果たしてきた。そしてそのような歴史を伝える証人として、遺跡や文化財が残されてきた。内戦前まで日本の考古学調査隊は、シリア各地でこうした遺跡の発掘調査に携わってきた。内戦前に特にシリア北西部のイドリブ県で長期にわたり考古学調査を継続してきた筑波大学の調査隊は、文化庁の文化遺産保護国際貢献事業の支援を受けて、危機にあるシリア文化遺産の保護に取り組むことにした。私たちは、シリアの文化遺産を守るために、文化遺産自体を正確に記録し、当該国の人々に文化遺産の重要性を啓蒙し、人々自身が持続的な保護活動を行うことのできる具体的支援を考え、以下の3つのオペレーションを実施することとした。
1) シリア文化遺産の重要性を伝える教育
2) シリアで文化遺産の保全・保護に当たる人々へのマニュアルの作成と教育, 支援
3) 破壊の危機にある遺跡のデジタルデータによる記録
 幸い、シリアでの文化財の保全、保護に深くかかわる、シリア政府文化財博物館総局(DGAM)や、イドリブ文化財センター、各地でのシリア難民教育などに当たっているNGOなどの協力を得て、これらのオペレーションを進めることができた。より具体的には、1)については、シリアの歴史と遺跡の重要性を啓蒙するための書籍の作成と配布、2)については、実用的なマニュアルの作成とそれに基づく教育と支援、3)については、特に戦乱で被害を受けているイドリブ県にある世界遺産「北シリアの古代村落群」の初期教会を記録対象として、オペレーションを実施した。

内戦で破壊された世界遺産アレッポの町。正面手前がウマヤドモスク(大モスク)、遠方にアレッポ城(2018年2月、DGAMが撮影し、常木に提供された)

2016年9月5日のシリア政府による爆撃により破壊されたイドリブ博物館

2016年9月5日のシリア政府による爆撃により破壊されたイドリブ博物館

はげしい破壊を受けた収蔵庫内(これらは2017年夏にイドリブ博物館を管理し始めていたAnas Zaidan氏より常木に送られてきたステータスレポートの写真による)

ACTIVITIES活動内容

1)シリア文化遺産の重要性を伝える教育活動

 人類史上に果たしてきたシリアの歴史の重要性を、シリア人自身が十分に理解しているとは言い難い現状がある。もし、シリアの人々がその重要性を十分に認識できれば、それを失ってしまうことが取り返しのつかない、いかに大きな損失なのかを理解できる。それは何も歴史学者や考古学者のためばかりではない。貴重な文化遺産は、時として世界遺産として、あるいは歴史的景観や観光資源として、シリアの人々の将来を、精神的にも社会的にも、そして経済的にも潤す。常木らは、シリア文化遺産の重要性を伝えるための書籍A History of Syria in One Hundred Sitesを、シリアで活動していた多くの考古学者たちの協力を得て英語で作成していた(2016年7月)が、そのアラビア語版Tarikh Souria fi Mia Muwaqa AshariyaをDGAMの協力を得てダマスカスで印刷出版(2017年2月)し、シリア内外の教育施設で配布した。また、レバノンにあるシリア難民学校の先生たちを集めて、これらの書籍を使ってベイルートでワークショップを開催し(2018年2月)、シリアの歴史と文化遺産の重要性について伝えた。

2)シリアで文化遺産の保全・保護に当たる人々へのマニュアルの作成と教育, 支援

 シリアの現地で、実際に遺跡の保護や保全に取り組んでいる人々にとって、アラビア語・英語併記の文化遺産取り扱いマニュアルは極めて有効である。彼らが具体的に現場でテキストとして使用できるよう小冊子として、シリア文化遺産保護のためのブックレットシリーズBooklets for Protection of Syrian Cultural Heritageを計画し、第1巻『文化遺産の3D化のための写真撮影技術』 Vol.1 Photogrammetry for Cultural Heritage、第2巻『文化財保全のための環境影響アセスメント』Vol. 2 Assessment of Environmental Impactを作成・出版し、シリア内外で文化財の保全保護に携わる人々に配布するとともに、UNDP主催の文化財保全ワークショップ(ベイルートとダマスカスで2018年2~3月実施)でもテキストとして使用した。

3)破壊の危機にある遺跡のデジタルデータによる記録

 イドリブ県マーラトヌマーンにあるNGO組織イドリブ文化財センターIdlib Antiquity Centerに、世界遺産「北シリアの古代村落群」のうち、被災の激しいQalb Lozeh遺跡及びEl-Bara遺跡の初期キリスト教会において、3Dイメージを作成するためのデジタルデータ収集を依頼した。彼らは上述したブックレットを参考に各4000枚以上のデジタル写真を撮影し、インターネットを通じて日本に送付した。これらのデジタルデータは、すべて中部大学の渡部展也のもとに送られ、初期教会の3Dイメージが作成された。その成果は、Series of Photogrammetry for Protection of Syrian Cultural Heritage: Ancient Villages of Northern Syria Vol. 1 Qalb Lozeh およびVol. 2 El-Baraとして各年度末に出版し、自由に動かせる教会の3Dイメージとともに、ホームページ上で公開している。

100の遺跡が語るシリアの歴史 A History of Syria in One Hundred Sites Archaeopress, Oxford 2016年 シリアで発掘調査を行っていた15カ国113人の考古学者の協力を得て製作。

100の遺跡が語るシリアの歴史アラビア語版 Tarikh Souria fi Mia Muwaqa Ashariya 初版Salhani Publishing 2017年

レバノンのシリア難民学校で同書を配っている様子

同書を使ってシリアの歴史を学ぶ子供

文化遺産保護・保全のためのマニュアル冊子(英語/アラビア語) 第1巻『文化遺産の3D化のための写真撮影技術』

文化遺産保護・保全のためのマニュアル冊子(英語/アラビア語) 第2巻『文化財保全のための環境影響アセスメント』

壊の危機にある遺跡のデジタルデータによる記録 ーAl-Bara遺跡の5世紀教会の3Dモデル

RESULTS結果

成果と問題点、これからの見通しなど

 西アジアのような、人類の拡散や農耕・文明社会の発展などにおいて世界を先導してきた歴史を持つ地域に残された遺跡や文化財は、単に西アジアの人々にとって重要なだけでなく、人類史を考えるうえで全世界の人々にとってかけがえのない財産と言える。そうしたかけがえのない文化財を、内戦などの紛争から守り、将来に伝えていくことは、現在に生きる私たちの責務でもある。日本はこれまで多くの調査団をシリアに送り込み、その歴史の解明に重要な役目をはたしてきた。そして、シリアの人々は、欧米に対するのとはまた少し異なるシンパシーを日本に抱いている。そのためにシリアや周辺諸国、欧米の文化財保護活動を有機的に結びつけるキーパーソンに、日本はなりうるのである。
 ここで行っている私たちのシリアに対する文化財保全、保護活動にも、シリアの文化財関係者は多いなるシンパシーを抱いてくれている。例えば今回、『100の遺跡が語るシリアの歴史』という大部な本をシリア人研究者と常木が編者となって、欧米・シリア・日本の100人以上の考古学者が協力してまとめ、そのアラビア語版をDGAMの協力でダマスカスで印刷し、シリア中、そしてレバノンやトルコ、ヨーロッパのシリア人社会の中に配布したところ、シリアの歴史を遺跡や文化財を視点に概観する重要なテキストとして学生やそれを教える教員に使っていただくことができた。特にシリア内の大学や高校にかなり普及しており、またトルコの地方のシリア人社会の中でも普及してきている。シリアの新聞にも取り上げられ、シリア人が自国の遺跡や文化財の人類史的重要性に目覚めるきっかけとなったと言ってくれる人々もいた。そうした自覚が進んでいけば、遺跡の意図的破壊や石取りなどによる経済的破壊、戦乱による破壊などから、遺跡や文化財を保護保全する大きなバックグラウンドになりうると、私たちは信じている。
 ただ、シリアにいる中学生以下の子供たちや、難民としてシリアから離れてしまった子供たちのために、もう少しわかりやすくシリアの歴史について学べるようなテキストができないだろうかと、難民学校の教員たちから相談を受けた。そのようなテキストを充実させていくことが、文化財を保全する教育の上で重要だと、認識させられている。
 破壊の危機にある遺跡や文化財の保護保全については、特に3Dデジタルによる記録と公開に力を入れた。世界遺産である「北シリアの古代村落群」の中の初期教会に的を絞って、特にNGOであるイドリブ文化財センターの協力を得てデジタルカメラによる撮影に基づいて、3Dイメージの記録を行い、ホームページで公開している。このプロジェクトを進めるうちに、イドリブ文化財センターの人々がその重要性に目覚め、私たちが送ったドローン機材などを使用して、自分たちで重要と考える遺跡の3Dデジタル記録を独自に始めたのだった。それこそが私たちの目指したところでもあり、シリアの人々が自分たちで文化財を護るための活動を積極的に始め、さらにその意味を周囲の人々、特に子供たちに伝え始めている。とても素晴らし取り組みである。
 様々なことが起こり始めている。文化財を護るというテーマを中心に、イドリブの人々が集まり、活動し、そしてその輪を広げるという、思いがけない運動が起き始めているのだ。

『100の遺跡が語るシリアの歴史』で、シリアの歴史を学ぶ、トルコのシリア人難民の子供たち(2017年3月)

トルコのガジアンテップで『100の遺跡が語るシリアの歴史』を配布するNGOの担当者(2017年11月)。

『100の遺跡が語るシリアの歴史』を使用してシリアの歴史をどのように教えたらいいかをレバノンの難民学校の先生たちと話し合う(2018年3月ベイルートで)

自主的に遺跡のデジタル記録を取るイドリブ文化財センターの人々(2017年10月)

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