文化遺産国際協力コンソーシアム Japan Consortium for International Cooperation in Cultural Heritage JCIC-Heritage logo JCIC-Heritage

シリア・アラブ共和国における文化遺産保護国際貢献事業(拠点交流):シリア・アラブ共和国におけるアイン・ダーラ遺跡の保護のための人材育成事業

シリア・アラブ共和国における文化遺産保護国際貢献事業(拠点交流):シリア・アラブ共和国におけるアイン・ダーラ遺跡の保護のための人材育成事業

筑波大学

シリア・アラブ共和国

アイン・ダーラ遺跡

2021年4月~継続中 人材育成,保存修復,意識啓蒙・普及活動
2022/07/29
NEXT

BACKGROUND背景

事業の背景とこれまでの活動

 2011年春に勃発したシリアにおける内戦から10年が経過した。シリア国内の文化遺産の被災は非常に深刻な状況にあるうえ,博物館や文化遺産に関わる専門家の多くがシリア国外に流出しており,国内で十分な専門的作業ができない状況が続いている。物資の多くも不足した状況にある。今回,保護の対象としたいのは,シリア北部のアイン・ダーラ遺跡である。ここは,アムーク平原の上流,アレッポの北にある遺跡であり,紀元前10世紀にさかのぼる鉄器時代シリア・ヒッタイトの神殿遺跡である。神殿は玄武岩製であり,その建造物の周囲に,ライオンやスフィンクスなど浮彫彫刻が彫られている。床には,石灰岩製の足跡も数多く残されている。ソロモン神殿はネブカドネザル2世によるエルサレム攻囲戦(紀元前587年)で破壊されてしまっており,紀元前1千年紀前半の東地中海沿岸に興隆した多様な神々の世界を表す神殿のうち,当時の様相を現代にまで伝えるのはこのアイン・ダーラ遺跡の神殿のみであり,考古学的にも歴史的にも非常に重要な遺跡といえる。
 しかし,2018年1月に,トルコ空軍による空爆をうけ,遺跡の60%が破壊されてしまったと報告されている。その後,遺跡を象徴するライオンの彫像も2019年に盗難され,遺跡の保護が喫緊の課題となっている。アイン・ダーラ遺跡は,かつて1994年~1998年にかけて東京文化財研究所が住友財団の助成を受け,劣化した石材の保存修復事業を行った場所である。日本のプレゼンスが高く,ここで人材育成を主目的とする遺跡の保護活動を実施することは非常に意義が大きい。
 実施する項目として,主たる活動は以下の3点である。
1) 被災文化遺産の記録と保護作業
2) 石造文化財の保存に関するオンラインによる人材育成
3) 人材育成・文化遺産保護の重要性を伝えるためのテキスト・教材作成

 筑波大学では,2020年度から活動している「西アジア文明研究センター」を2021年度から大学の国際的研究拠点として位置づけ,中東地域を中心とする文化遺産の研究,保護活動に注力している。ここを中心として,アイン・ダーラ遺跡の保護活動を実施した。2022年6月現在,事業は継続中であるが,本稿では中間報告としてこれまでの活動内容をまとめる。

ACTIVITIES活動内容

1)アイン・ダーラ遺跡の被災文化遺産の記録と保護作業

 1956,1962,1964,1976年のMaurice DunandとFeisal Seirafi, Ali Abu Assafによる発掘,記録調査をもとに,遺跡の図面が作成されているが,それに基づいて写真記録の精査等を実施し,中部大学の渡部展也准教授の研究室で三次元化を実施した。

2)石造文化財の保存に関するオンラインによる人材育成

 石造文化財のコンサバターの人材育成のため,基本的に,考古学を専攻しているシリア人学生や,若手の専門家を対象に,オンラインによるトレーニングを実施した。石材の劣化のメカニズムや状態調査の手法といった基礎的なトレーニングや修復材料に関する化学的な知識などの研修を実施した。
 一般的な石造文化財の保存の手法や材料については,フリーランスの修復専門家,及川崇氏に研修を行っていただいた。また,2021年10月には,ドイツ人保存修復専門家Bert Praxenthaler(ベルト・プラクセンターラー)氏にはアフガニスタン・バーミヤーンの東西大仏が爆破された際の破片の回収方法,保護したときのノウハウなどについて研修を行っていただいた。すでに現地での作業を経験したこともあり,参加者たちとは研修を通じ,活発な質疑応答があった。また,シリアの文化遺産の保存上の問題についても技術的な相談があった。なお,オンラインでの講義内容については,動画として収録し,今後も教材として活用できるようにしている。

3)人材育成・文化遺産保護の重要性を伝えるためのテキスト・教材作成

 2)の人材育成の内容のテキストに加え,文化遺産の長期的な保護・保存には,地域社会の人々の関与や理解が不可欠であるため,アイン・ダーラ遺跡の考古学,歴史的な価値について,平易にまとめた小冊子をアラビア語で作成し,シリアの学校や博物館で配布するために印刷を行った。なお,デジタル版の冊子は,英語,日本語,アラビア語で作成し,ウェブサイトからのダウンロード可能とした。
 事業の活動内容については,西アジア文明研究センターの下に英語/日本語・アラビア語のウェブサイトから,逐次,情報発信することとした。

南東からみたアイン・ダーラ遺跡の3D復元モデル(中部大学・渡部展也による)

北西からみたアイン・ダーラ遺跡の3D復元モデル(中部大学・渡部展也による)

マルチローター方式の無人航空機(ドローン:UAV)によって撮影したデータを用いた上からみたアイン・ダーラ遺跡の三次元モデル

RESULTS結果

成果

 本事業の1年目として,過去の写真記録の整理や破壊状況の記録,石造文化財の保存に関するワークショップ(ただし,技術的な修復のノウハウというより,現状の現地の人材の技術や材料の点から,記録,保全作業に特化した内容)を開催した。また,遺跡の重要性について,誰にでもわかるような平易な表記を用いた小冊子の作成を行った。アラビア語,英語,日本語の冊子とし,また,ウェブサイトからもダウンロードできるような形態とした。
 現地の破壊された部材の保護を直接的に実施することは諸般の政情から難しい。今年度以降は,現在,散乱状態にある収蔵庫内のさまざまな考古遺物の保護や,さらなるワークショップの開催を予定している。さらに,日本が実施している大エジプト博物館保存修復センター合同保存修復事業(JICA)の施設やエジプト人人材を活用した,第三国での保存修復に関するワークショップや,三次元記録を利用したウォークスルーのヴァーチャル復元を用いた活動等も計画している。

アイン・ダーラ遺跡の考古学,歴史的な価値について,平易にまとめた小冊子の作成(アラビア語版)

アイン・ダーラ遺跡の考古学,歴史的な価値について,平易にまとめた小冊子の制作過程(五十嵐あゆみ画)

MAP地図