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レバノン共和国壁画地下墓の保存修復

Restoration of Wall Paintings in a Tomb in the Republic of Lebanon レバノン共和国壁画地下墓の保存修復

奈良大学

レバノン共和国

ラマリTJ04地下墓、ブルジュ・アル・シャマリT.01遺跡

2002年〜2013年 保存修復,基礎研究,人材育成
2011/12/01
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BACKGROUND背景

壁画地下墓保存修復研究の契機

 レバノン共和国の首都ベイルートは中東の金融都市、中東のパリと称され讃えられていたが、1975年からの15年間の市民戦争、さらにリタニ川以南の南部レバノンの2000年まで続くイスラエルの占領によって国土は疲弊荒廃した。しかし、この戦乱終結後、全国的な社会インフラ整備の一環として国土を南北に貫く高速道路が計画された。レバノン政府は計画地の遺跡分布調査を日本に要請し、これに応じた日本西アジア考古学会は国士舘大学・松本健氏、同・辻村純代氏、奈良大学・泉拓良氏(現京都大学)を南部ティールに派遣した。現地踏査の結果、ティール市郊外のインターチェンジ計画地のラマリ地区に多数の墓地遺跡が所在することが判明し、計画路線は変更されることになった。
 この分布調査を契機に泉・辻村両氏はラマリ地区の学術調査を2002 年に開始し、壁画地下墓TJ04の保存も課題であることから西山要一(保存科学)が参加した。調査が進むにつれラマリTJ04の墓室は大きな損傷を受けているものの側壁や天井の壁画が良好に残存することが明らかとなり、2004年からは保存修復を目的とする「レバノン共和国ティール市近郊所在の壁画地下墓の保存修復研究」を4年計画で開始した。2008年にはレバノン文化省考古総局長・ベイルート国立博物館長・在レバノン日本全権大使はじめ多くの来賓を迎えて完成式を挙行した。2009年には、壁画地下墓修復の2基目としてティール郊外ブルジュ・アル・シャマリ地区T.01遺跡の修復を4年計画で開始、現在継続中である。

ラマリTJ04地下墓修復完成写真(2008年)

ACTIVITIES活動内容

壁画地下墓の学際的研究を実現する

 現地調査は保存科学・修復学・考古学・美術史・人類学・微生物学・計測学などの人文系と自然科学系の学際研究チームを組み、2006年夏のイスラエルのレバノン全土爆撃と南部侵攻によって冬季調査に変更した他は、毎年8~10月の3~5週間実施してきた。
 本研究は研究課題のとおりラマリTJ04およびブルジュ・アル・シャマリT.01の壁画地下墓の保存修復を目的とするが、その調査研究の内容は、壁画顔料や漆喰の組成分析、赤外線写真による技法研究、墓室環境の調査・観測(温度・湿度・照度・紫外線強度・大気汚染・カビ・微生物)、出土遺物の科学的分析(ガラス・鉛棺・コイン・モザイク・岩盤)、科学的保存処理(鉄製品・青銅製品・石製品)、壁画のクリーニング、脆弱な壁画・壁面・岩盤・モザイクの強化、遺構・遺物の考古学調査などを行うとともに、ラマリTJ04では損壊していた石組の納体室の復原、ブルジュ・アル・シャマリT.01では人骨のC14年代測定、壁画とモザイクの碑文の解読、遺構・遺物の三次元計測など多岐にわたる、まさしく学際的・総合的研究を目指したものである。
 これらの調査研究データを検討して、レバノンの壁画地下墓の築造年代、被葬者の実像、社会的背景、歴史的意義を解明し、かつ、壁画地下墓の保存修復と未来への継承を実現すべく研究を続けている。

     ブルジュ・アル・シャマリT.01H-2出土マスク(高さ23cm)

ブルジュ・アル・シャマリT.01地下墓モザイク床の碑文

      ブルジュ・アル・シャマリT.01西壁孔雀赤外線写真

RESULTS結果

築造年代・被葬者を明らかにし、安定した保存環境を確保する

 ラマリTJ04は3m四方・高さ3mの墓室の左・右・奥の壁と床にあわせて22の納体室を設ける。調査前は納体室の構築石材が崩落して墓室の大半は石材と土砂に埋もれていたが、壁の波型・石柱・灯火台と天井の花形の壁画は鮮やかな色彩を保っていた。崩落した石材を原位置に戻し壁画のクリーニングを行い、2008年に修復を完了した。環境観測データを基本に安定した温湿度状況を確保し保存環境を整えることもできた。壁画の赤・茶・黄色は酸化鉄(ベンガラ)、緑色は緑土、ガラスはローマングラス、メデューサ像は鉛棺の一部、そして土器の考古学調査も合わせ、TJ04は1~2世紀に築造されたことを明らかにした。
 ブルジュ・アル・シャマリT.01地下墓は幅4.85m、奥行3.25m、高さ2mの横長プランの墓室の床に掘込石棺6基を設け、壁面には孔雀・魚・壺などの壁画が色鮮やかに残されていた。南壁には“ΧΑΙΡΕ ΛΥCΙC ΠΑΝΤΕC ΘΝΗΤΟΙ”(“さらば リューシス 誰だって死ぬのだから”)の碑文とリューシスの肖像壁画、モザイク床には、“ΘΑ(ΡCΙ ΟΥΔ)ΙC  ΑΘΑΝΑΤΟC ΒΚΤ”(“元気だせよ 誰だって死ぬのだから 322年”、ティール暦322年は西暦196/197年)のギリシャ語碑文が記されている。T.01地下墓の築造年代と被葬者が判明する極めて貴重な遺跡である。地下墓に隣接する地表部の未盗掘の掘込石棺H2からはPan神の土製仮面、多数のガラス小玉、コインなどを埋葬当初の状態で発見した。横長の特異な墓室形態の地下墓、地下墓と地上の石棺墓、古代ローマ帝国の版図の中のティールなどこの地域的特質を今後も明らかにしていきたい。

ブルジュ・アル・シャマリT.01環境観測

ブルジュ・アル・シャマリT.01遺跡全景(2010年10月)

MAP地図