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国際記念物遺跡会議(ICOMOS)名誉会長から見るICOMOS 後編
文化遺産の「ヒト」 COLUMN文化遺産コラム

インタビュー

国際記念物遺跡会議(ICOMOS)名誉会長から見るICOMOS 後編

河野俊行
ICOMOS名誉会長/九州大学大学院法学研究院教授
主な専門分野は国際私法、文化遺産に関わる国際法。2011年より国際ICOMOS執行委員、2014年に同副会長、2017年には同会長に選出された。2015年以来、ICOMOSの世界遺産に関する実務を統括した。文化財の違法取引を防止するための法規制の問題にも取り組んでいるほか、ブータンの文化遺産法整備支援なども手がけた。現在ICOMOS名誉会長。
2022/01/21
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事務局より

国際記念物遺跡会議(ICOMOS/International Council on Monuments and Sites)は、文化遺産保護に関わる世界最大規模の国際NGOで、10000人を超える専門家や専門団体が様々な活動を行っています。1972年に世界遺産条約が採択されてからは、ユネスコの諮問機関として、世界遺産登録の審査や保存状況モニタリングなども担っています。そのICOMOSで、2017年から2020年まで会長を務められた河野俊行先生にお話を伺いました。前回のコラムでは、ICOMOSの活動や、河野先生が会長に就任されてからのお話などを紹介しました。今回はICOMOSの世界遺産関連業務に焦点を当ててお話を伺いました。

1万人+の専門家

ICOMOSと世界遺産

ICOMOSと世界遺産

世界遺産の新規案件の審査に際して、多くの方にデスクレビューを依頼するのですが、ICOMOSはすごいなと再認識しました。場合によっては極めて特殊な事項に関して知る必要が出てくるのですが、探すと誰か(適任者が)メンバーの中にいるのです。これは、世界中に1万人を超える専門家をメンバーに擁している強みだと思います。

世界遺産のためのICOMOSではないけれども、世界遺産がICOMOSのフラッグシップビジネスであることは間違いありません。世界遺産なしでは、ICOMOSは今ほどの存在感はなくなると思いますし、ICOMOSメンバーの個々の仕事にも影響していくと思います。
写真:国連本部;提供:藤井郁乃

揺れる世界遺産

制度の軋みとICOMOSへの批判

制度の軋みとICOMOSへの批判

皆さんご存知のことですが、世界遺産の抱える問題を一言で言うならば「ポリティクスvsサイエンス(政治性vs学術性)」だと思います。世界遺産委員会でICOMOSの勧告が覆されるようになった※当初は、「ICOMOSが間違っているのだ!」という批判をして評価をひっくり返すというのがパターンでした。実は当時、ICOMOSの側にも若干問題があって、対外コミュニケーションが上手ではありませんでした。世界遺産は政治的なプレッシャーが強いので、閉じた貝のようになってしまって、外からの批判にレスポンスをしなかった。そうすると、いくら批判されても対話が成立しない。それで逆転登録が積み重なったと思います。

私がICOMOSで世界遺産担当になったのは副会長になった2014年からですが、その頃が批判のピークだったように思います。ICOMOS以外の団体に任せるとか、他の団体を巻き込むといった話がかなり進み始めていました。

事務局注記:
※ICOMOSは世界遺産の新規登録に際して評価を行い、4段階の勧告を出しますが(「記載」、「情報照会」、「記載延期」、「不記載」)。委員会の最終決議がこれらと異なるケースが非常に多くなっています。
写真:第43回世界遺産委員会での様子(2019年7月1日);出典:Youtube

対話に重きを

ICOMOSと締約国との協働

私が副会長になった直後ぐらいに偶然そういう情報を手に入れたので、すぐに当時の会長に連絡を取って、このまま放置していては危ないと動き出しました。

いろんなことをやりましたが、そのうちの一つは世界遺産条約の締約国との対話プロセスを始めることでした。ICOMOSが審査している中間時点の状況を、締約国とシェアすることを始めました。締約国に対して、ICOMOSはいい加減な審査をしていないということをきちんと示せると同時に、審査のプロセスの中でICOMOSが必要とする情報を締約国から追加的に得られるという側面もありました。最初の2、3年は大変でしたが、これによってICOMOSの信頼性をかなり向上できたと思いますし、ICOMOSはしっかり審査をしていると信じてもらうための大きな転換点になったのではないかと思っています。

世界遺産の審査

ICOMOSは極めて丁寧に対応してきた

ICOMOSは極めて丁寧に対応してきた

世界遺産委員会を傍聴していると、世界遺産というブランドが欲しい国は、ICOMOSの審査が一言で言えば邪魔になると言うか、自分たちの思いを遂げる前にICOMOSが立ちはだかっていると思っているのではないかと感じることがあります。私たちは、自分たちがしっかり審査を行わねば世界遺産の体制は崩壊すると自負して、極めて丁寧かつ誠実に対応してきました。特に2021年はコロナの影響もあって現地視察員の確保等が大変でした。ある案件については、そのために4回も世界遺産パネル※をやりました。ICOMOSは自分たちの情報をオープンにして透明性を高めているのにも関わらず、審査に他の機関を巻き込んだ方が良いといった議論が今も続いているのは世界遺産システムの安定性を損ないかねない方向性だと思っています。無形文化遺産条約は固定的な助言機関をもちませんが、不安定性が増していると聞いています。この文脈で、世界遺産基金の使途に関して助言機関に対する費用が掛かりすぎるという指摘がなされることがあります。信託基金等も含めたユネスコの世界遺産関連予算全体のうち、世界遺産基金は四分の一程度にすぎません。全体像をつかまないまま制度を論じることは危険であると考えています。

事務局注記:
※世界遺産パネル:審査のプロセスの1つで、ICOMOSとしての勧告を決定するために専門家が集まって協議する場のこと。
写真:2018年第42回世界遺産委員会での様子;提供:藤井郁乃

未来のために

若い世代の参加を

会長に就任してからは、組織の持続性を考えれば若い世代の参加が必要だと強く思い、ERWGをサポートしてきたことは先ほど述べましたが、世界遺産に関してもアクションを起こしました。ICOMOSの世界遺産業務には、世界遺産を熟知する世界遺産アドバイザーとよぶ専門家がいます。その若手を育成するプロジェクトを始めました。ICOMOS外にも広く公募し、300人超の応募者から3回の選考を経て最終的には6人を選出し、去年から今年にかけての世界遺産の審査では、高名な世界遺産アドバイザーのメンタリングを受けつつ、パネルにも本格的に参加してもらいました。一種の試みではありましたが、とても良い結果が出たと考えています。この取り組みが継続して世界遺産の活動にも若い世代をもっと巻き込むことで、ICOMOSの力になっていけば良いと思っています。

UNESCOには世界各国からインターンシップ生が来ていますが、彼らがもう少し実質的な世界遺産の業務に関わってくれればいいなとも思います。例えばSOC(保存状況報告)の手伝いをしてもらい、ICOMOSの業務にも関わってもらうといった展開は、UNESCO次第ではありますが、これからあり得る方向かと思います。

事務局後記

世界遺産リストに登録されている資産数は、2021年10月時点で合計1154件(文化遺産897件、自然遺産218件、複合遺産39件)に上ります。世界遺産リストへの登録が1978年に始まって以来、平均すると毎年26件余が増えている計算になります。登録資産数が年々増加する一方で、資産の保存状態やマネジメントに問題が指摘されるケースも多くなっています。今年は、長らく開発が問題視されていたイギリスのリヴァプールがリストから抹消される事態となりました。世界遺産リストから資産が抹消されたのは14年ぶり、3回目のことです。

世界遺産は遺産保護の国際的枠組みとして大きな役割を果たしてきましたが、制度の持続可能性が問われる時期に差し掛かっているのも事実です。今回のコラムが、読者の皆様にも世界遺産制度の現状を考えていただくきっかけになれば、嬉しく思います。

(執筆:藤井 郁乃)