Column文化遺産コラム

文化遺産の「コト」

世界文化遺産の保護が地域の文化に与えるインパクト:新たな文化保護の可能性

2025年03月31日

文化遺産国際協力のいま ウスビ・サコ

京都精華大学大学院 デザイン研究科 教授/情報館長

2025年時点で、アフリカの世界文化遺産は98件とされています。しかし、ユネスコの分類上では北アフリカはアラブ地域に位置づけられてアフリカ地域として認識されていないため、世界文化遺産全体の中でアフリカ地域の登録数が占める割合は非常に低くなっています。世界文化遺産の登録には、文化政策に基づいて価値を認め、国が申請することが原則です。しかし、そのプロセスに地域住民がどの程度関与し、その価値をどのように世界と分かち合いたいと思っているのかには疑問が残ります。住民のコミットメントがなければ、世界文化遺産に登録されても持続可能な保存に寄与できず、観光目的に終わってしまうことが多いと考えられます。

記事をシェアする

Facebookでシェア Twitterでシェア
  • アフリカにおける世界文化遺産の登録と住民の位置付け

    現場でみる世界文化遺産の価値と住民の参画

    私の最近の研究活動では、世界文化遺産を有するアフリカ、特に北西アフリカの国々において、登録されたサイトや地域での住民の保存活動への関与を調査し、今後の展開について考察しています。調査の対象は、有形文化財である単体の建造物や市町村の建築群、また地域社会にとって重要な伝承や技術などの無形文化財です。これらはほとんどが地域社会の日常生活の一部として存在し、長年大切にされてきた結果、今なお残っています。そのため、住民たちにとって、これらは守るべき行動規範やアイデンティティの一部となっています。

    しかし、アフリカに限りませんが、グローバル化により文化の継承が難しくなっている現状があります。国は文化政策として、これらの建築群や技術、祭り、伝説を保存したいと考えており、専門家の視点からこれらの実態を調査研究しています。そこでは、地域住民に対して危機的状況と保存の重要性を説明し、登録申請の活動を行うことが求められます。しかし、それに対して全員のコンセンサスが得られるかが課題であり、時には意見の齟齬が生じることがあります。

    住民が理解しやすいプロセスが、アフリカの世界文化遺産登録にとって重要です。これが実現したのちも、登録はそのサイトのグローバル化を促進する一方で、文化の破壊につながる危険性もあることを忘れてはなりません。

    • マリ共和国・ジェンネの大モスクとマーケット

    • ジェンネの大モスク(泥のモスク)

  • 増加する地域フェスティバルは文化を救えるのか?

    最近、マリでは特定の民族の文化祭や地域中心のフェスティバル、音楽祭が盛んに行われており、伝統的な祭りとは異なる形で文化が表現されています。これらのイベントでは、伝統的な踊りや歌が披露され、単独の伝統祭礼よりも文化的な側面が際立って伝わります。

    さらに、これらのフェスティバルは高い発信力を持ち、宣伝効果も抜群で、多くの人々にアクセスできます。その結果、国内外の人々がその文化に触れ、関心を高め、文化の継承に関わる機会が増えています。この点自体は良いことですが、年々商業化が進み、参加者の誘致やフェスのグローバル化が優先されて、地元の文化が軽視されるのではないかという懸念もあります。

    また、深い知識や精神的つながりを持たない人々に向けた伝統行事や文化は表面的なものになりがちで、しばしば本来の時期からずれた形で披露されることもあります。一方、良い評価としては、これらのフェスティバルの開催により、地域に文化を保存・紹介する博物館が設立され、地域の伝統産業センターも創設されたことで、多くの若者に雇用の機会が生まれたと言われています。

    これらの祭りは外国人によって企画・開催されることはほとんどなく、多くは地域出身の方々によって行われています。文化を保存する方法は多様ですが、これらの取り組みは文化を持続的に保存し、発展させる機会を生む可能性を秘めています。

    • 首都バマコのドゴン文化祭

    • 工房NDOMOのボゴラン(泥染)布

    • フェスティバル・シュル・ル・ニジェールでの展示

  • 音楽・アートフェスティバルが地元文化にもたらした効果

    マリのセグーで毎年開催される「フェスティバル・シュル・ル・ニジェール(Festival sur le Niger)」は、文化的および経済的な意義を持つ重要なイベントです。私も設立当初から何度か参加し、特にフォーラムやシンポジウムでは登壇者として貢献しました。当時のテーマには、グローバル化が地域文化に与える影響や地域文化の再興などがありました。
    2025年のフェスティバルは「セグー芸術祭」と名付けられ、毎年行われる音楽と芸術の祭りです。この祭りでは、巨大コンサート、現代アートショー、演劇、ダンス、ワークショップ、マスタークラス 、会議、コロキウム、セグーフェア、伝統行事、平和のための文化キャラバンなど、多様なプログラムが提供されます。
    このフェスティバルを運営するのが「フェスティバル・シュル・ル・ニジェール財団」で、2009年8月に設立されました。この財団は、アフリカ文化と地域文化の振興、遺産の保護、地域経済の活性化、文化制作 、文化的生活の普及に貢献することを使命としています。目標は、文化表現を向上させ、セグーを西アフリカの主要な観光地とすることです。
    フェスティバルは5日間にわたり、30,000人以上の観客が訪れ、市内の5つのステージで80以上のショー(音楽、ダンス、演劇、伝統行事など)が行われます。このイベントは地元に経済的効果をもたらし、眠っていた地元の芸術や伝統産業を再活性化する原動力ともなっています。また、毎年多くの若者が参加するきっかけにもなっています。
    同時に設立されたのが「Groupe Kôrè Art & Culture(GKAC) 」です。GKACは、フェスティバル・シュル・ル・ニジェール財団、コール文化センター(Centre Culturel Kôrè)、コール芸術学院(Institut Kôrè des Arts et Métiers:IKAM)からなる文化コンソーシアムで、人的資源を相乗効果、連帯、相互扶助の中でプールしたひとつのグループです。設立者のマムー・ダッフェ氏とそのチームは、20年以上にわたり、フェスティバルが地域社会や地域文化を救うと信じて活動を続けています。このような成功モデルを基に、マリの他地域でも同様の活動が展開されています。ここでは、他者からの支援を求めるのではなく、自身の文化への信念と活動が重要であるとされています。

    • フェスティバル・シュル・ル・ニジェール ⓒFestival sur le Niger

    • フェスティバル・シュル・ル・ニジェール

    • フェスティバル・シュル・ル・ニジェール

  • 複合遺産のドゴン文化にフェスティバルが命を吹き込んだ

    マリ共和国には、3つの世界文化遺産と1つの複合遺産があります。複合遺産として知られているのはドゴン(DOGON)です(登録名:バンディアガラの断崖(ドゴン人の地)。私自身、ドゴンの住居や世界観に関心を持ち、これまで多くの学生をドゴンの村々に引率してきました。ドゴンは1989年にユネスコの世界遺産に登録されましたが、その独特な文化や神話は日本ではあまり知られていません。

    ドゴンの村々は、マリの首都バマコから東のバンディアガラ断崖周辺に広がっています。この地では、壮大な創世神話に基づき独自の文化が発展してきました。ドゴンの神アンマが大地を創造し、神話における重要なキャラクターたちの物語が描かれています。また、ドゴンの日常生活では、宗教儀式において仮面が重要な役割を担っており、霊的存在との交流を形象化する手段とされています。

    最近、ドゴンの祭りや文化が世界的な関心を集める一方で、マリ北部の不安定な情勢や、特にドゴンのコミュニティにおける暴力行為の影響により、これらの祭りが中止または縮小される事態に直面しています。そのため、ドゴンの居住地から離れた首都バマコで「オゴバニャ(OGOBAGNA)ドゴン文化祭」が開催されるようになりました。この祭りの目的は、ドゴンの豊かな文化を紹介し、広めることです。

    オゴバニャ文化祭は、ドゴンの伝統を称え、マリ文化の豊かさを促進します。本物志向と遺産保護へのコミットメントを通じ、訪問者にユニークで没入型の文化体験を提供しています。設立以来、ドゴン文化の保存と振興に力を入れており、情熱的なチームがそのユニークな芸術と伝統に焦点を当て、数々のイベントを成功させてきました。

    オゴバニャ文化祭は、マリの主要な文化イベントとなり、世界中から本物の文化体験を求めて訪れる人々を魅了しています。伝統と現代性を祝うイベントを通じ、ドゴン文化に命を吹き込み、遺産を後世に残すことを目指しています。

    2025年でオゴバニャ文化祭は10周年を迎え、今年のフェスティバルはマリの伝統の多様性と豊かさを祝うことを目指します。ユネスコも支援する今年のフェスティバルは、音楽やダンス、工芸品、美食などが楽しめる内容となっています。オゴバニャ文化祭は、文化の多様性を保存し振興する活動の一環であり、現代の課題に適応しながら、芸術的・文化的表現の場となっています。また、地域の団結を強化し、経済を振興し、地域内外の対話を促進する重要なプラットフォームでもあります。

    • オゴバニャ(OGOBAGNA)ドゴン文化祭

    • オゴバニャ(OGOBAGNA)ドゴン文化祭

    • オゴバニャ(OGOBAGNA)ドゴン文化祭

    • オゴバニャ(OGOBAGNA)ドゴン文化祭

    • ドゴンの村の様子 ヴァナキュラー建築

    • ドゴンの老人の集会場トグナ(Toguna)

    • バンディアガラの断崖(ドゴン)

当ウェブサイトでは、ウェブサイトの利便性向上のためにCookie(クッキー)を使用しています。Cookieの利用にご同意いただける場合は「同意する」ボタンを押してください。「拒否する」を選択された場合、必須Cookie以外は利用いたしません。必須Cookie等、詳細はサイトポリシーへ