Column文化遺産コラム

文化遺産の「コト」

多様な文化遺産国際協力のかたち ~いまヨーロッパで議論されていること~

2023年03月31日

文化遺産国際協力のいま 前田康記

東京文化財研究所 アソシエイトフェロー/ 文化遺産国際協力コンソーシアム事務局

ヨーロッパでは、様々な国際交流や地域振興のプロジェクトにおいて文化遺産が取り上げられていますが、いま、文化遺産をめぐって何が議論され、どのようなことに取り組んでいるのでしょうか。令和4年度、文化遺産国際協力コンソーシアムでは、文化遺産に関してヨーロッパの複数国が協力を行っている事例を視察し、日本における文化遺産国際協力の今後のあり方を考える上での参考とするべく、コロナ禍以降で初となる海外調査を実施しました。本コラムでは、主にEU(欧州連合)における最新動向について、調査を通じて得た知見の一部をご紹介します。

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  • はじめに

    皆さんは、「東アジア文化都市」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、日本・中国・韓国の各国が毎年国内の都市を選び、文化・芸術イベントを集中的に開催する事業で、2014年に始まりました。選ばれた都市が文化・芸術に関連する様々なイベントを連携して実施することによって、異文化間の相互理解と、東アジア文化の国際発信を目指すものです。2022年は、日本から大分県、中国から済南市・温州市、韓国から慶州市が選ばれ、伝統音楽のコンサートや現代美術展など、3か国の様々な交流イベントが1年間にわたって開催されました。

    この枠組みは、「欧州文化首都」と呼ばれるヨーロッパでの取組みを参考にしていると言われています。大きく異なるのは、欧州文化首都は対象国・参加国がより幅広く予算的にも大規模なこと、40年近い歴史の中で欧州文化首都に選ばれた都市では文化遺産に関連する取組みも盛んに行われてきたことです。

     

    (写真1) 1922年設立のリトアニア・カウナス工科大学。2022年の欧州文化首都・カウナス市では、都市の記憶を収集するため、都市風景の古写真を地図にマッピングし、様々な市民によるストーリーテリングをオンライン上で公開する試みが行われました。現在、第一次世界大戦から第二次世界大戦終結までに建てられた戦間期の建築(Interwar buildings)を含む複層的な都市の歴史を再評価し、保護しようとする取組みが広がっています。

     

    (写真2) リトアニアと日本の伝統建築の再解釈に関する展示・交流プログラム「ArchiTextūra 見えないものと似ているもの」。日本とも様々な協力が行われ、両国のアーティストや若手建築家による共同イベントが実施されました。©EU-Japan Fest Japan Committee

     

     

    このように、ヨーロッパでは様々な国際交流や地域振興のプロジェクトにおいて文化遺産が取り上げられています。いま、ヨーロッパでは文化遺産をめぐって何が議論され、どのようなことに取り組んでいるのでしょうか。令和4年度、文化遺産国際協力コンソーシアムでは、文化遺産に関してヨーロッパの複数国が協力を行っている事例を視察し、日本における文化遺産国際協力の今後のあり方を考える上での参考とするべく、コロナ禍以降で初となる海外調査を実施しました。本コラムでは、主にEU(欧州連合)における最新動向について、調査を通じて得た知見の一部をご紹介します。

  • ヨーロッパにおける文化遺産へのまなざし

    ヨーロッパは、啓蒙思想の発展や近代国家の成立とともに文化遺産保護の概念が生まれた地であり、アテネ憲章やヴェニス憲章、世界遺産条約の起草においても大きな役割を果たしました。世界でも最大規模の政治・経済同盟であるEUでは、文化を通じて市民のヨーロッパへの帰属意識を高め、かつさまざまな国の文化を尊重することを目的として、先ほど触れた欧州文化首都をはじめ、欧州遺産ラベルや欧州遺産デーといった、文化遺産に対する理解を深め、市民の目に触れる機会を増やすための取組みが行われています。

     

    (写真3) 2019年に欧州遺産ラベルに登録された、スペイン・アゾレス諸島の15世紀の難破船。このように、水中文化遺産や歴史史料なども登録対象となっています。©European Commission

     

    すでに数十年にわたって実施されてきたこのような取組みとともに、近年のヨーロッパで注目すべきは、文化遺産を社会全体で持続的に保護していくため、社会で議論されている様々な課題と文化遺産の結びつきを示し、より幅広い視点で文化遺産を捉えようとする動きです。

     

    EUでは、2013年から2015年にかけて「Cultural Heritage Counts for Europe」という調査を実施し、文化遺産が観光以外にも都市の経済活動やイノベーションなどの社会活動において重要な貢献を果たすポテンシャルを持っていることを示しました。また、2018年には、「欧州文化遺産年」として、ヨーロッパ各地で2万件を超える文化遺産関連のイベントを開催しました。これには総計1,000万人以上が参加し、文化遺産を通じてさまざまなルーツを持つ市民間の相互理解と国際交流が促され、ICOMOSなどの国際的組織との協力も行われました。

     

    (写真4) イギリスのニューカッスル・アポン・タインのグレインジャー・タウン。民間投資家や、公的機関、市民団体がパートナーシップを結び、対等な立場で文化遺産を活用した都市再生に協力した事例は、文化遺産が持続可能な都市再生の触媒となることを示すグッドプラクティス(実践例)として認識されています。©European Commission

     

    これらの活動の成功と、文化遺産をより多角的に見つめ直そうとする機運の高まりを受けて、EUでは、社会的な課題と文化遺産の関係に関しても、さまざまな分野の専門家によるネットワークを構築して議論しています。

    例えば、海面上昇や多雨・干ばつなどの原因となる気候変動は有形・無形の文化遺産にとっても大きなリスクとして認識されていますが、気候変動が文化遺産に与える影響だけでなく、文化遺産が気候変動を緩和するためにどのように貢献し得るかという視点も重要と考えられています。建造物を解体・新築する際にCO2が大量に排出されるのはよく知られていますが、1890年以前に建てられた公共建築のエネルギー効率は現代の建築と同等あるいはそれ以上であるとの知見が示されていて、既存の建築物を修理して再利用することは環境面でもメリットがあると言われています。

    この他にも、文化遺産に対するリスクの適切な把握や、知識を共有するためのプラットフォームの設置、気候変動の緩和と適応に関する政策に文化遺産の観点を含めること、多分野における研究調査の重要性などが提言されています。

     

    (写真5) 吹雪にさらされるギリシャ・アテネのアクロポリス。2020 年に設置されたEU専門家ワーキンググループでは、EU加盟国や、スイス、ノルウェーなどから50名以上の専門家が参加、気候変動が文化遺産に与える影響やその緩和方法が検討され、その成果は2022 年9月に報告書『気候変動に対する文化遺産のレジリエンスを強化する(Strengthening cultural heritage resilience for climate change )』にまとめられています。©European Commission | European Expert Network on Culture

     

    また、近年EUではヨーロッパ地域の外に目を向けて、紛争復興や平和構築といった観点からも文化遺産保護への協力を行っています。

     

    異なるコミュニティの人々が文化遺産を共通の遺産として捉えることは、紛争を回避し、平和を築く手助けとなります。その一方で、文化遺産は象徴的な価値を持つがゆえに、アフガニスタンの大仏やシリアのパルミラ遺跡、目下のウクライナでの戦争においても、攻撃の標的や手段になってしまう可能性もあります。EUでは、この双方の側面を考慮した上で、UNESCOやUNDPなどの国際機関とも積極的に連携して、マリ・トンブクトゥの霊廟の再建(2014年~)、イエメン・サナアの歴史的街区の再建(2018年~)、バルカン半島諸国における地域発展のための文化遺産活用の支援事業(2022年~2026年) などを行っています。これらの事業に共通するのは、地元コミュニティの人々が労働者として対価を得ながら参加することを通じて、文化遺産保護と持続的な地域振興とを両立するとともに、コミュニティの伝承や慣習といった無形文化遺産の継承にも寄与するようにプログラムが組まれていることです。

     

    (写真6) トンブクトゥのシディ・ヤヒア(Sidi Yahia)モスクの門の修復(2016年) © UNESCO | Clarisse Njikam

     

  • 結び

    このようにヨーロッパでは、さまざまな観点から文化遺産を捉えて、学際的な国際協力へと発展させています。特に気候変動やSDGsなどは国際社会共通の課題であり、日本のこれからの国際協力を考える上でも参考となる視点は多いのではないでしょうか。冒頭で紹介したような地域内協力の枠組みについては、多くの宗教があり、文化・歴史的な価値観も異なる国が多いアジアでは、ヨーロッパほどの展開を期待するのは難しいかもしれません。それでも、文化遺産を文化・芸術のみならず、他のさまざまな社会的側面から捉えることによって、対話や交流を含む国際協力のあり方に拡がりが見えてくるのではないかと思います。これは、紛争・戦争後の復興という局面においても同様で、今後のウクライナ支援などを考える上でもアジア圏・ヨーロッパ圏のステークホルダーとの連携はきわめて重要なポイントと思われます。文化遺産国際協力コンソーシアムも、日本と海外で文化遺産に直接または間接的に関わる専門家を繋ぐハブとして、また情報共有の拠点として機能することが、一層求められていると言えるでしょう。

     

     

    〇本コラムで紹介した国際協力調査の内容を詳しく知りたい方は、令和4年度国際協力調査 報告書をぜひご覧ください。

    〇文化遺産国際協力コンソーシアムでは2022年11月に気候変動に関するシンポジウム

    2023年1月に中央ヨーロッパ地域における国際協力に関する研究会を開催しました。

    当日の様子および報告書をご覧いただけますのでご参照ください。

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