Column文化遺産コラム

文化遺産の「コト」

文化遺産国際協力における新たなテクノロジー

2022年03月25日

文化遺産国際協力のいま 前田 康記

東京文化財研究所 アソシエイトフェロー/ 文化遺産国際協力コンソーシアム事務局

みなさんは「最新技術」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。昨今の社会におけるテクノロジーの進歩は目覚ましく、3Dデータに関する技術やドローンをはじめとする最新機械は文化遺産の世界においても活用が進められています。今回のコラムでは、近年目覚ましい躍進を見せるテクノロジーが、文化遺産の分野でどのように応用されているのか、その一端をご紹介します。

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  • 文化遺産の世界における新たな技術

    みなさんは「最新技術」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。AI技術や3Dプリント、水素発電に5G通信技術…昨今の社会におけるテクノロジーの進歩は目覚ましく、様々な分野で従来の方法に代わる画期的な技術が登場しています。それらのうち、3Dデータに関する技術やドローンをはじめとする最新機械は文化遺産の世界においても活用が進められています。今回のコラムでは、近年目覚ましい躍進を見せるテクノロジーが、文化遺産の分野でどのように応用されているのか、その一端をご紹介します。

  • ドローン、3Dスキャン、フォトグラメトリ....

    文化遺産におけるこれまでの調査・研究では、元来アナログな手法が使われてきました。例えば考古遺跡や歴史的建造物等が対象の場合、主に三角測量や専用の測量器具を用いて得た情報を元に図面を描き起こし、写真やスケッチによって対象を記録していました。もちろん、これらの手法は重要な基礎技術であり現在も使用されていますが、遺跡や建造物の規模はしばしば広大であり、そのすべてを網羅的に把握するには非常に大きな労力と時間がかかるものでした。さらに、周辺環境や立地の条件によっては、調査のための足場の整備が難しく、対象物の全容を把握することが難しい場合がありました。

    近年そのような困難を克服するために用いられるようになったのがドローンや3Dスキャナーといった発明です。ドローンを使えば上空からの撮影が可能になり、これまで足場や三脚が必要だった高所の撮影を容易に行うことができます。また、3Dスキャナーを使用すれば、遺跡や遺物の3Dモデルを作成して、様々な箇所の測量記録を確認することができます。3D測量の技術は以前からありましたが、近年はより多様な調査対象に対して高精度かつ容易に記録が行える機材が開発されています。特にLiDARと呼ばれるレーザーによる距離測定技術の発展は目覚ましく、タブレット1台で現場での3Dデータの記録・測量が可能になりつつあります。

    さらに、近年では、複数の写真画像を合成することによって3Dモデルを作成するフォトグラメトリという技術も進歩しています。最大のメリットは、写真データさえあれば作成できるため難しい技術を必要としない点です。カメラが手元にない場合でも、手持ちのスマートフォンなどで3Dモデルを作成できるのはワクワクしますね。

    私も学生時代に手持ちのカメラで撮影した写真を用いて、フォトグラメトリで3Dモデルを作成してみました。

    スコットランド、エディンバラのマクイワン・ホール正面

    • 文化遺産の現場で使用されているドローン。遠隔操縦で写真や動画を撮影できます。

    • ノートルダム大聖堂(フランス、パリ)の3Dスキャンデータ。火災後の修復に活用されています。©Art Graphique et Patrimoine

  • 現地調査、保存・修復、専門家・学生研修....

    国際協力現場での活用

    文化遺産国際協力の枠組みにおいても、新しいテクノロジーを活用した事例が増えています。特に、海外で文化遺産保護に関わる大学等の研究機関やNGO等が主体となり、しばしば民間企業とも連携して、最新技術に関する知見の提供、現地調査や保存活用事業における活用、および現地の専門家や学生に対する研修等が進められています(下記参照)。また、ドローンやフォトグラメトリ等の技術は応用性が高く、水中文化遺産等の、従来の手法では調査が難しかった対象物に対しても活用されています。

    ■グアテマラ世界複合遺産ティカル国立公園における文化遺産の三次元計測と取得データの活用法に関する現地人材養成事業(グアテマラ)
    実施主体:金沢大学
    目的:三次元計測の概論と基礎理論に関する研修

    ■ボロブドゥール遺跡保存活用国際プロジェクト(インドネシア)
    実施主体:立命館大学、インドネシア科学院、ボロブドゥール保存事務所、奈良文化財研究所
    目的:フォトグラメトリの活用による、現地調査・既存データの利用、可視化技術の開発、保存活用、教育・観光面での活用等

    ■水中文化遺産の調査・測量(日本、アメリカ、オーストラリア、バハレーン等)
    実施主体:大学等研究機関、民間事業者、NGO等
    目的:水中文化遺産の効率的な測量、高精度のデータの取得

    ■アイン ・ダーラ遺跡の保護のための人材育成事業(拠点交流事業)(シリア)
    実施主体:筑波大学等
    目的:ドローン、フォトグラメトリを利用した遺跡破壊状況の調査・記録

  • 国際協力における活用事例紹介 in カンボジア 

    アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査

    これらの技術は文化遺産国際協力の現場において実際にどのように使用されているのでしょうか。

    カンボジアのタネイ遺跡では、日本の継続的な技術協力のもと、現地のアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)による保存整備事業が進められています。日本とカンボジアが共同で実施した直近の調査では、建造物の危険箇所調査においてドローンが活躍しました。

    タネイ遺跡では、不安定な建物や周囲の散乱石材等に影響を与えずに足場を組むのが難しい状態でしたが、ドローンで上空から動画を撮影することにより、遺跡の状態が俯瞰的に確認できるようになりました。ドローンは風などの影響を受けやすいため、衝突等によって文化遺産を傷つけないように慎重に操縦します。撮影した動画や写真から、建物の上部にある植生やや崩落の危険がある箇所などを確認しました。

    また、調査では、東門の修復箇所の状態を記録するために、フォトグラメトリによって3Dのモデルを作成しました。ドローンを用いることで、側面だけでなく屋根部分のデータも得ることができます。

    • タネイ遺跡中央伽藍の俯瞰写真

    • 現地職員とドローン操縦を確認しています。

  • VR、AR、市民参画...

    活用の多様化と展望

    これらの技術によって収集された文化遺産のデータは、記録のアーカイブとしての意義があるのはもちろん、実際の保存・修復現場や学術研究など、様々な用途で活用されています。

    また、活用の方法も多様化しており、作成した3DデータをVR やARで表示して博物館の展示物として利用する取組みや、作成した歴史資産の3Dモデルを投稿・共有するオンラインプラットフォームなどが発展しています。

    このように、テクノロジーは文化遺産の世界でも日進月歩を続けており、今後の国際協力の現場でもその活用が期待されています。これからも様々な形で新たなテクノロジーが生かされ、日本の高い技術力や経験が還元されることで文化遺産国際協力がますます発展していくことでしょう。

    • 3Dモデルの共有プラットフォーム ©Sketchfab

    • フォトグラメトリによるタネイ遺跡の3Dモデル化

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