Column文化遺産コラム

文化遺産の「ヒト」

古代遺跡の研究はいつだって“まだこれから”。 南米もまだまだこれからが面白い!

2019年01月30日

インタビュー 関雄二

国立民族学博物館 副館長 / 人類文明誌研究部 教授

文化遺産国際協力コンソーシアム 企画分科会委員/中南米分科会長
専門はアンデス考古学、文化人類学。1979年以来、南米ペルー北高地において神殿の発掘調査を行い、アンデス文明の成立と変容を追及するかたわら、文化遺産の保全と開発の問題にも取り組んでいる。

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そうなんだ!

文化遺産にも数多くの種類がある

文化遺産というと、普通みなさん真っ先に古代遺跡などを想像するかもしれませんね。現在一般に、文化遺産と呼ばれるものには、遺跡などの有形遺産と呼ばれるものから、儀礼や祭りなどいわゆる伝統文化に相当する無形遺産までありますので、その概念は実はとても幅広いものなんです。
私の専門は地域で言うと中南米です。研究内容は、考古学、歴史学、建築史を総合した分野になりますね。古代遺跡の発掘や調査を通じて、人々の考え方や社会の形成過程について研究する分野です。より具体的には、文明がそもそもどのようにして成り立つのか、支配者はどのようにして登場するのか、エリート層というのはどのようなプロセスで形作られるのかなど、地域や文明によって異なる社会構造を明らかにし、比較研究するのを専門にしています。

コンソーシアム を語る

世界でも類を見ない組織なんです

文化遺産国際協力コンソーシアム(以下コンソーシアム)は、実は世界でも類を見ないとてもユニークな組織です。国と研究者が一体となって世界中の文化遺産について研究と保護を積極的に行い、それを平和的な国際貢献の一環として捉えて使命感を持って活動していく。そういう組織は世界でも唯一であると言って良いと思います。またさらに、その活動方針も、あくまで「現地の住民のみなさんが自分たちで遺産についての考えを深める」、あるいは「現地の住民が自分たち自身で遺産を保護する」ための支援を行うというものですから、とても先進的な活動であると思います。
現地の専門家の育成に尽力し、時には法整備や議論の場作りの提案まで行うという“ソフト面を支援”する活動には、学術研究の領域を越えた体制が必要で、まさにそのためにコンソーシアムが各専門家をバックアップしているのです。

幼い頃の話を 聞きたい

万葉集から南米研究へ?

万葉集の研究から南米アンデスの古代研究へ、というと驚きますか? 私はそもそも小さい頃から何かを研究するということが好きでした。最初は昆虫学者、次には天文学者になりたかったくらいなんです。さらに、私は東京生まれ東京育ちなのですが、中学生の頃には京都や奈良、明日香などを一人で旅して回っていました。とにかく古い建物や風習にとても興味があったんですね。大学生になって万葉集研究の権威である稲岡耕二先生に出会います。柿本人麻呂の歌において、個人として詠んだ歌と集団を代表している歌とでは、万葉仮名の表記がはっきり違うという説を唱えられたすごい研究をなさった方です。そのあたりから、日本の古代や神話学に興味を持ち、日本神話とモンゴルの英雄叙事詩との比較研究を始めました。小さい頃の思い出と言ってもいま思い起こすと、何かを研究したい、という思いばかりだったようです。

なぜ今の研究を?

40年研究してもまだまだ面白いアンデス

  • 写真:パコパンパ遺跡の全景

きっかけは、恩師寺田和夫先生から「アンデスに考古学調査隊を派遣する。何の義務もないから手伝いに来ないか」と誘われたことでした。その時は、まず雪山とそれを滑り降りる自分の姿が頭に思い浮かびました。後でわかったことですが、アンデスの雪山は険しくてスキーなど無理だったのですが。海外旅行もまだ本格化していなかったこともあって、とにかく承諾の返事をした覚えがあります。私たちの時代は海外調査どころかそもそも海外に渡航することが珍しい時代でしたからね。
でもそこからもう40年も、ずっとアンデスを研究しているわけです。そしてなんとこれが、まだまったく飽きない。それどころか今アンデス研究は益々面白い。まさに運命の出会いと言って良いでしょうね。

この文化遺産 我が人生!

『パコパンパ』の登場で“三点測量”が可能に!

  • パコパンパ遺跡の保存作業に携わる地域住民

あえて一つの遺産に言及するとしたらやはり自分で発掘した遺跡になるでしょうね。私の場合は特に『パコパンパ』が生涯の遺跡と言えるでしょう。『パコパンパ』は、アンデス文明初期の神殿跡です。指導者的な立場の神官だったとみられる2人が埋葬された紀元前700年頃の墓が発見され、副葬品としてジャガーの顔とヘビの胴体を持つ形壺や、南北アメリカ大陸で最古と思われる金の首飾りも出土しました。中央部からは、金の装身具をつけた「パコパンパの貴婦人」と呼ばれる紀元前800年頃の女性権力者の墓も見つかっており、大きな話題になりました。
私は常々、文化人類学者の川田順造先生の著作から「文化を見る時は三角測量しなさい」と教わってきました。過去に『ワカロマ』『クントゥルワシ』の二つの巨大遺跡の比較研究を行い文明論を立ち上げたことがありますが、『パコパンパ』によって、ようやく“三角測量”ができるようになったと感じています。

この文化遺産 これが新しい!

ナスカの地上絵の研究がいよいよ活発化!

みなさんもきっとご存じのナスカの地上絵ですが、実はこれまで知名度の割には研究が進んでいるとは言い難い状況でした。近年、コンソーシアムのメンバーでもある坂井正人先生を中心とした山形大学のチームが現地と共同で取り組んでいる調査によって飛躍的に研究が進んでいます。新しい地上絵の発見をはじめとして、様々なことが明らかになりつつありますので、日本とも関わりの深い遺跡としてまさに今注目を浴びていると言って良いでしょうね。
ナスカは南海岸ですが、ペルーでは北海岸の発掘調査、それもペルー人自身の研究も盛り上がっています。元々、南のクスコやマチュピチュに世界中からの観光客が集中していたこともあり、それを分散させる狙いもあって北の開発が盛んなんですね。資源国としてペルーの国力が高まり、自前で研究を行うことが可能になってきたことも関係しています。

いまとても 大切なこと

文化遺産と観光産業が密接化したからこそ

一方で、新興国における遺跡の発見・発掘は、そのまま観光に直結し、経済的な活動に発展することもあります。そこでは、既存住民への強引な退去措置が発生したり、観光客の増大によって生活圏が脅かされたりという問題も発生しがちです。
こうした中で日本の研究者たちはこれまで、現地住民の人々と同じ目線で遺跡の発掘や保護について検討してきたと思います。現地社会の民族性や歴史観、現地住民の文化遺産への認識の度合いなども理解しないと、研究も保護もできないという確信があったからでしょう。
ペルーをはじめとした南米地域の文化遺産研究においてもそうですが、コンソーシアム全体として日本のソフト面での協力支援の蓄積をぜひより一層活かすべき時に来ていると言えますね。

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