Column文化遺産コラム

文化遺産の「モノ」

絵画の修復にかかせない和紙の修復家の仕事に注目

2016年08月03日

ひとくちに文化遺産と言っても、たとえば博物館に展示されているものの中にも絵画、刺繍、器、武具など数多くの種類があります。さらにその素材も土、石、布、金属、紙など多岐にわたります。
それら文化遺産の適切な保護には修復がつきものです。現代ではすでに存在しない用途のものや、簡単には手に入らない素材なども少なくありません。一体どのようにして専門家たちはそれを修復するのか。卓越した技術と経験の一端をここでご紹介します。
今回は、とくに和紙を用いた絵画に欠かすことのできない修復の工程について専門家の方に聞いてみました。

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どんなことをするの?

ABOUT

和紙の修復とは

和紙の修復ってどういうものかご存知でしょうか? 古い掛け軸や襖絵など和紙に描かれた作品の修復の一つです。紙が破れているところを繕ったり、裏打ちといって紙の裏側に別の紙を貼って補強したりということを行います。破損している部分に本来は絵が描かれていたという場合、日本の修復ではそこに色を挿したりはしないのが普通です。あくまで基底材と同素材の紙をはめて修復し目立つ場合は補修の紙の色を調整して目立たなくするんです。
また、修復後の作品は再度掛け軸や屏風などに仕立てられるので、こういった表装技術が紙の修復の基本技術とされています。

10年で一人前と言われる

10年で一人前と言われるのは本当です。作品の形式によって仕立て方が違うので、掛け軸にしろ屏風にしろどういう仕立てがされているのか手順を学ぶだけでも何年もかかります。一つの掛け軸といっても様々なパーツから成り立っていますからね。
あと、表具に使う接着剤のひとつに「古糊」と呼ばれるものがありますが、これは小麦デンプン糊を10年位甕(カメ)に入れて熟成させたものです。昔は、弟子として工房に入った1年目に自分で甕に詰めた糊が、10年かけて熟成するのを待って、その糊を分けて貰うかたちでのれん分けして独立する、なんていう話も聞いたことがありますよ。

どんな道具を使うの?

  • 撫刷毛(京都様式)

  • 打刷毛(裏打ちの際に叩いて接着を補強するための刷毛)

  • 糊盆、水嚢(糊を裏ごしする道具)

  • ひっかけ

  • お釜

私のお気に入りの道具

「つけまわし刷毛」

紙の修復の道具は、地域によって名称がことなるものが少なくありません。「つけまわし刷毛」も東京では「きりつぎ刷毛」と呼ばれます。ここぞという時に使う繊細さがお気に入りのポイントです。

和紙修復の基本技術、裏打ちとはどんな手順でしょうか?

まず小麦から抽出したデンプンを炊いて糊を作ります

いきなりびっくりしましたか? そう、修復に使用する糊を作るために小麦デンプンをお釜で炊くところから始まります。

炊いた糊を裏ごしします

お米、じゃなくて、小麦デンプンが炊きあがったら裏ごしして滑らかにします。ちなみに道具は事前に水につけておきます。乾燥してると道具が傷んだりしますからね。

こっそり聞いてみた1

どうして和紙の修復の世界に?

自分の作品が数百年後の後世に果たして残るのかと考え始めて・・・。そもそも数百年前から評価されている作品の修復を通じてそこに携われればと思ったんです。いまはまだ6年目ですからこの世界ではひよっこです。

濃度を調整する前に刷毛で練ります

より滑らかになるよう、刷毛でしっかり練ります。木桶の糊盆を使うのには理由があります。プラスチックや金属だと糊の端からすぐに乾いてしまい、オブラートのようになることがあります。それが破片になって混入したりしてはいけませんから保湿性のある木桶を使います。古糊と違って新しい糊の場合は艶もあって伸びもいいですね。

水を加えて糊の濃度を調整します

最適な糊の濃さは作業内容や修復の対象の素材や状態によって様々です。例えば絹を裏打ちする場合は紙の裏打ちよりも濃い糊を使います。紙同士はそもそも水でもくっついたりしますよね。つまりくっつきやすい素材です。ですから逆に濃い糊を使うと仕上がりが固くなってしまうので薄くしていきます。

こっそり聞いてみた2

和紙の修復にはどんな人が向いていますか?

絵心はいりません。修復に作家性は求められませんからね。まず文化財が好きなこと。それから延々と地道な作業を続けられる人がいいですね。細かい繊維を除去したり、糊をこねたり、そういう繰り返しの作業が苦にならない人が向いていると思います。

和紙の裏打ちのやり方です

和紙を和紙で裏打ちしてみましょう。作品の場合は、表面の保護のためにレーヨンなどの紙を敷いたりします。まず、裏打ちを行う紙に湿りを与えます。このときに斜めからライトを当てて表面の状況を確認しながら皺を伸ばします。

裏打ち紙に糊を付けます

この作業台は盤板(ばいた)と呼ばれています。ヒノキでできています。漆の面と白木の面があり、濡れ仕事は漆の面、切ったりする乾き仕事は白木の面を使います。

こっそり聞いてみた3

どれくらい古い作品を修復しましたか?

最近だと、室町時代の掛け軸の修復に携わりました。もちろん、その時は色々な専門家が集まってチームを組んで修復します。必要に応じて絵具などの化学分析などを行ったり調査も綿密です。修復にあたって起こりうる危険をしっかり想定して取りかかります。

裏打ち紙を、伸ばした和紙に貼り付けます

このひっかけという道具で、糊を付けた裏打ち紙を持ち上げ、先ほど伸ばした和紙の上に置きます。その際、植物の棕櫚(シュロ)やツグでできた刷毛で撫でながら、端から少しずつ貼り付けていきます。貼り合わさったら、さらにしっかり撫でて接着させます。

乾かす間はリラックス?ストレス?

これで裏打ちができました。もう剥がれません。今回はこういった毛氈の上に置いて乾かしますが、ボードに貼り付けて乾燥させる場合もあります。置くのと張り付けるのでは紙にかかる緊張が違うんです。リラックスしているかストレスを受けているかによって、乾いた時の紙の伸縮が違うんですよ。作品の状態や作業内容によってどのような乾燥方法をとるか判断しています。

これはびっくり

世界中から和紙の修復の勉強に来るってホント?

本当です。世界の様々な国から修復家の方達が研修に来られます。彼らは主に洋紙の修復を行う方達が多いですが、日本の修復技術からも何か参考になることはないかと勉強にいらっしゃいます。

色んな種類の刷毛を使い分け

刷毛には色々種類があって、作業内容によって使い分けます。素材も鹿の毛、豚の毛、馬の毛、イタチの毛、それから棕櫚(シュロ)など様々です。刷毛の動きも撫でるものから、打つものまで様々。

10年ものの古糊はいつ使う?

この作品がもし掛け軸などの場合、さらに二層目の裏打ちを行いします。掛け軸は巻いたり広げたりしますよね。すべての裏打ちを新しいデンプン糊で行うと仕上がりが固くなって、伸ばした時にクセが付いてバネのようになることがあります。だからできるだけ柔らかく仕上げるために10年近く熟成させた糊を使います。

こぼれ話ください!

京都と東京で形も名前も違います

表装の技術が元になっている和紙の修復は、道具も地域によってネーミングや形が異なるものが多いです。まず刷毛の形は京都のものは丸いですね。東京の刷毛は角張っています。さきほど使った「ひっかけ」も、東京だと「かけだけ」や「かけざし」などと呼ばれたりします。

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