アセアン10ヵ国における文化遺産の継承と博物館の新しい役割

事業名称
文化庁文化遺産国際協力拠点交流事業
国名
複数地域・国
期間
2017年~2019年
対象名
アセアン10ヵ国内の世界遺産および地域の民族文化遺産:地域の社寺仏閣・教会・モスク等①開発により地中から出土した考古遺物(開発遺物)②遺跡盗難と損壊の恐れの遺物を収蔵庫において保存する建物(遺跡遺物)
文化遺産の分類
-
実施組織
上智大学アジア人材養成研究センター
出資元
文化庁
事業区分
施設設備、 意識啓蒙・普及活動、 地域開発、 人材育成

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背景

Background

共同到達目標を掲げて議論

 日本・アセアン9ヵ国と会場国カンボジアは、当該国の博物館担当者(館長および学芸員を含む)をカンボジア、アンコール・ワットに招き、アンコール遺跡群の現場を見学した後、数万点におよぶ未公開の遺跡遺物(一部損壊した彫刻など)を収蔵するアンコール遺跡保存事務所(旧フランス極東学院)を見学し、さらに2001年バンテアイ・クデイ遺跡から発掘された出土品を展示するため、2007年に上智大学が建設したシハヌーク・イオン博物館に、新しく持ち込まれた開発遺物を調査している。
 以下に、本事業の目的を報告する。
①未公開のまま保管している「遺跡遺物」と道路ホテル・工場・家宅などのインフラ建設で出土した「開発遺物」を採り上げ、展示・公開に向けて、今後どのようにこれら両遺物を公開へともっていくか、アセアン諸国の博物館が直面している新しい課題を検討するための国際ワークショップの開催である。

 カンボジア・アンコール遺跡の展示・公開に際しては大きな課題がある。まずは、国宝級の遺物を含め、遺跡遺物(*1)や開発遺物(*2)がどのように公開・展示・研究がなされるか、についてカントリー・レポートとして現状報告を行なった。展示がまだされていない場合は、その理由および将来計画があるかどうかを問うプロジェクトであった。

 *1 遺跡遺物:遺跡の整備公開が進み、主たる大遺構以外の小遺物は盗難の恐れもあり、収蔵庫に収納されてしまった遺跡遺物のことである。
 *2 開発遺物:国内のインフラ建設のため、各地において建物・道路・農業用水等のため開発工事が実施され、その時、地中から文化財遺物が出土し、それが各国の博物館に収納されている。

 アセアン9ヵ国には、カンボジアと同様の未公開の開発遺物と遺跡遺物の問題があり、カントリー・レポートとしてこれら未公開遺物について各国から報告を受け、博物館担当者同士として公開に向けての問題点を整理し、その事例を発表した。
〈目的その3〉
 アセアン9ヵ国の博物館に収蔵された未公開遺物について、民族の文化遺産継承の観点、その展示公開の可能性について、意見交換を行なった。この未公開遺物問題は、お互いに頭の痛い問題であり、初めてこのアセアン10カ国の場で採りあげ、情報交換する。
〈目的その4〉
 各国は国土開発が進み、膨大な考古・歴史遺物が各地から出土し、発見され、法律により博物館に届けられるが、未公開遺物の展示・公開は難渋を極めている。これら未公開遺物の協議を通じて、アセアン担当者同士の新しい相談ネットワークが築かれ、問題解決に向けての方策を探るプロジェクトである。
〈目的その5〉
 アセアン各国に共通する未公開遺物問題の情報交換を通じて、近未来の「大アセアン文化博物館」の戦略を議論する。さらに、各国の未公開遺物に端を発し、各国の博物館が協力したアセアン独自の「地域協力モデル博物館」を構築していくか、検討していく。

  • プノンペン国立博物館前にて記念撮影

  • アセアン10カ国における文化遺産の継承と博物館の新しい役割」国際ワークショップ、カンボジア政府文化芸術省における開会式(2017年11月14日)

  • 開会式(2018年11月3日)

  • 開会式(2019年11月26日)

  • アセアン10カ国代表団国際ワークショップ:プノンペン国立博物館調査

活動内容

Activities

ーアセアン10ヵ国博物館からアイデンティティ形成および多文明世界の認識を求めてー

民族または地域の文化アイデンティティを求めて

 アセアン10ヵ国は、東南アジア多文明世界の中にあって、柔軟な政治・経済の活動を掲げ、アジア地域の共同体として東西両陣営の議論の場を提供し、それなりの存在理由が評価され、世界でも珍しい多様な地域共同体の成功例である。このアセアンは政治・経済を中心に活動しているため、既設の博物館において発掘したが展示できない「遺跡遺物」と、国土開発により出土した「開発遺物」問題を採り上げ、アセアン共通の文化遺産問題として検討する大課題である。
 アセアン諸国そのものには、「各民族の文化アイデンティティ」が欠落している事実がある。ここに提起する問題は、アセアンの共同体としての民族・文化的アイデンティティはどなっているのかを問いかけ、アセアンを構成する各国がよって立つ民族アイデンティティとは何か、それぞれの民族が拠って立つ民族の文化遺産を報告し、今日まで国民国家を形成してきた原点を探る。
 古くから、インドネシアのジャワ島においては、「多様なる統一ビンネカ・トンガルイカ・ジャワ島の古語」との格言が存在し、文化の多様性というのは、古来よりこの地域の文化的特色であると語られてきた。
 アセアン各国の民族文化を展示施設としての博物館(地方博物館含む)は、各国の歴史と自国自慢の文化遺産の公開・展示する施設であり、そこには当該地域の人たちに民族的に誇りが展示され、元気にすると同時に、それらは文化的影響力とアセアンとしての地域の誇りを与えてくれている。事例としてこれら新しく発掘された珠玉の展示品は、アセアンの人たちが地球の文化史の文脈から自国、また民族の文化を見直し、アセアンのアイデンティティ(歴史的独自性)を再確認できる一つの手がかりを発見する一助となっている。どの民族も独自性を再発見するきっかけは、自分の国の文化遺産とそこから発見された出土品や遺物の考察が一つの動機であり、博物館は民族に大きな誇りを与えてくれる場所である。

アセアン各国の博物館の新しい役割を求めて―アセアン・文化アイデンティティとは何か?

 現在のアセアン構成国10ヵ国の連携が民族アイデンティティの集合体として「アセアン・アイデンティティ」と呼称されているが、ことはそう簡単ではない。それ故に、アセアン・アイデンティティ形成の具体的な作業過程として各国の地域文化の殿堂としての「博物館」をここに採りあげ、アセアン10ヵ国の現場担当者と新しい博物館展示品をめぐり、議論するものである。

博物館の公開展示のあり方が問われている

 博物館の在り方が問われている。従来から、文化財が地域の宝物、仏像や地域の出土品等が展示されていて、それなりの役目を果たしてきた。このところ、アセアン諸国では開発が進み、ホテルや道路の建設により、地中からたくさんの遺物が出土し、それが博物館に持ち込まれ、うず高く積み上げられている。それらを「開発遺物」と名付けている。特に地方の博物館では、収蔵庫に余裕がなく、館内にうず高く積み上げられたままである。
 さらに、遺跡現場において保存・修復と整備が進み、現場からたくさんの遺物品や考古資料が博物館に持ち込まれ、収蔵庫に入れたままである。私たちはそれを「遺跡遺物」と呼んでいる。これら開発遺物と遺跡遺物は、①博物館の展示スペースの問題、②遺物の歴史的考古的調査とが不十分、③整理未済のため台帳に登録ができないなどの問題もあり、遺跡遺物と開発遺物を供覧することが諸困難に直面している。
 今回、アセアンの博物館担当者にカンボジアの遺跡現場に集まってもらい、開発遺物と遺跡遺物とをどのように扱うか、相談しようとする国際ワークショップをここ3年間にわたり協議してきた。

開発遺物と遺跡遺物は未公開のままでいいのか?

 各国では、国内各地からたくさんの両遺物が持ち込まれ、未公開のままうず高く積まれている。収蔵庫に入りきらないような事例もあり、施設の新建設も予算不足で建設できない。この両遺物問題から各地の博物館の限界問題を採り上げ、悩める保管・展示、そして、消えゆく文化財問題をアセアン全体の問題として採り上げる。
 ICOM国際博物館会議(京都大会:2019年9月2日~10日)が開かれ、席上石澤良昭がこのアセアン諸国の博物館担当者に窮状を訴え、国際支援を求めた(講演「アセアン10ヵ国における文化遺産の継承と博物館の新しい役割のための拠点交流事業」講演:石澤良昭、2019年9月2日 14:40~15:55、稲盛記念会館)。

  • アセアン10カ国代表団国際ワークショップ:前アンコール時代の7世紀のソン・ボール・プレイ・クック遺跡調査

  • アセアン10カ国代表団国際ワークショップ:カンボジア政府文化芸術省アンコール遺跡保存局長キム・ソティン氏の説明

結果

Results

ー上智大学が現地に「シハヌーク・イオン博物館」を建設・274体+6体の仏像を地中から発掘ー

 上智大学は1991年からカンボジア人保存官を養成するため、アンコール・遺跡において現場研修を実施してきたが、2001年、考古学研修場所のバンテアイ・クデイ(12世紀末)遺跡現場から274体の仏像を再発掘した。
 2010年にはさらに6体の仏像を発見したが、上智大はイオン1%クラブの支援を得て、これら出土品を展示するための新しい博物館「シハヌーク・イオン博物館」をシェムリアップ市内に建設した。今回のアセアン10ヵ国の博物館に関する国際ワークショップでは、この新博物館建設を問題解決の一つの方策として提案し、この国際ワークショップを開催してきた。
 アセアンの各国博物館は民族の文化遺産と、その国宝を公開展示する殿堂であると位置づけ、具体的な討論テーマとして、近年各国の国内インフラ建設時に出土した新しい遺物を「開発遺物」および遺跡整備の結果、盗難の恐れのある小遺物を収蔵し、それを「遺跡遺物」と名付け、それらを各国の国内の現在の博物館でどのように扱い、また展示方法・場所の検討の有無、アセアン博物館の担当者がカントリー・レポートを発表し、相互の共助協力のネットワークを構築していただくことを目標とした。
 それに加えて、アセアン各国で現在の問題となっている「開発遺物」をどのように取扱い、登録⇒調査・研究⇒保存⇒展示⇒公開していくべきかなどが、主たる検討問題であった。

カンボジアに学ぶ新博物館の建設

 今回の主催は、カンボジア王国政府文化芸術省および上智大学アジア人材養成研究センターです。2019年度初日は、プノンペンにおいて開会式を実施し、2日目、3日目はカンボジア国内の遺跡を踏査するほか、地方博物館調査を行ない、民族文化遺産とは、いわばその国の人たちが創り出した世界で他に類を見ない唯一無二の国宝である。世代から世代へと承継されていくべき遺産がたくさんある。アセアン各国の出席者からは様々な意見た提出された。アセアン各国に共通し、理解し合うことのできる本ワークショップは、各国の民族的・文化的ルーツを理解し合ううえで、とても有効なワークショップであった。

  • 2007年に上智大学が現地に建設した「シハヌーク・イオン博物館」訪問

  • アセアン10カ国代表団国際ワークショップ:シハヌーク・イオン博物館内にて参加者の拓本採択実習風景

  • アセアン10カ国代表団国際ワークショップ:上智大学アジア人材養成研究センターで代表団のカントリー・レポート発表風景(2017年)

  • アセアン10カ国代表団国際ワークショップ:上智大学アジア人材養成研究センターで代表団のカントリー・レポート発表風景(2018年)

  • アセアン10カ国代表団国際ワークショップ:上智大学アジア人材養成研究センターで代表団のカントリー・レポート発表風景(2019年)

地図

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執筆者

石澤 良昭

上智大学アジア人材養成研究センター所長(特任)

Projects

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