【目的】
本研究では、地理情報システム(GIS)を利用した国指定文化財の被災履歴データベースの構築と、諸外国の文化財データベースの活用事例に関する調査の2つの研究テーマを融合することにより、日本での文化財空間情報データベースの文化財保護へのより効果的な活用方法を提案することを目的とする。本研究では、過去の自然災害に加えて、人為災害による文化財の被災履歴についての情報を収集して、データベースに追加登録することで、個々の文化財の災害に対する脆弱性の総合的な評価を目指す。また、データベースの活用事例について検討するにあたって、日本だけでは文化財保護についての活用事例は少ないため、文化財のデータベース構築の長い伝統があるヨーロッパ諸国を対象として、活用事例の調査を行うことで、より活用しやすいデータベースを構築する。
【成果】
2009年度:
1.海外の文化財データベースに関する事例調査
2010(平成22)年2月17日~26日にイタリアのローマおよびパレルモの関係機関を訪れ、聞き取り調査を行った。ローマの保存修復高等研究所は、文化財の保存修復を行う国立の機関であるが、20年近くにわたり、文化財GISデータベースとハザードマップとを融合した「文化財危険地図」の構築を全国規模で実施している。この研究所で作成した文化遺産建造物の脆弱性の評価に関する資料を収集するとともに、今後のこの分野での協力関係の構築について話し合った。パレルモの設計修復地域センターは、シチリア地域に関して、中央の文化財危険地図のデータを利用しながら、より詳細な地域に密着したデータベースを構築している。たとえば、文化財建造物自体については窓や扉等の開口部の大きさや位置の情報から脆弱性の評価を実施し、さらに、博物館・美術館など収蔵施設にあっては、周囲の道路の幅の情報とあわせて、火災などの際の搬出方法の検討に用いるなど実際の文化財防災に活用されている。このシチリア独自の文化財危険地図について属性情報やデータの活用方法について情報を収集した。
2.成果の公開
これまでの研究成果については、文化財保存修復学会や関連のシンポジウム(J.P. ゲッティ美術館・国立西洋美術館共催 2009年国際シンポジウム「美術・博物館コレクションの地震対策」、22nd CIPA Symposium Digital Documentation, Interpretation & Presentation of Cultural Heritage)で発表した。
2010年度:
1.海外の文化財データベースに関する事例調査
昨年度に引き続き、イタリアでの事例に関して聞き取り調査(2010年10月26日~29日、ローマ)および文献調査を実施した。保存修復高等研究所のカルロ・カカーチェ氏によれば、2009年4月に発生したラクイラでの地震の際には、「文化財危険地図」が被災した文化財のレスキューおよび被災状況の記録に活用された。文化財危険地図には損傷の激しい文化財建造物の内部に収蔵されていた作品の数や保管場所、保存状態なども詳細に示されていたため、災害時に有効であったといえる。たとえば、文化財危険地図を使い、瓦礫の下にあると予想される作品を把握しながら、災害全般のレスキューに携わる防衛隊(Protezione Civile)など、文化財の専門家に限らない様々な職業の人が瓦礫の下の文化財の取り上げに携わっている。建物の損傷の評価については、他の地震の際にも用いられた共通のフォーマットによる詳細なチェックシートも用いられ、建物の使用目的や損傷の程度が専門家により記載されていた。
2.データベースの被災予測への活用
2011年3月11日に発生した地震の際には、広域にわたり大規模な被害が発生したことから、文化財の被害状況の把握が困難であったため、国宝・重要文化財、博物館・美術館のGISデータベースと、50mメッシュ標高データや各地の震度情報との重ね合わせを行った。これにより、関係者からの情報が届く前の津波等で被災した可能性のある文化財や収蔵施設の抽出が可能となった。
3.成果の公開
関連の研究成果について、日本文化財科学会第27回大会(関西大学)で、「タイ北部に所在する仏塔の常時微動調査―地震対策の有効性の評価指針として―」(中村豊、原本知実、二神葉子)として発表した。仏塔周辺の地盤の常時微動を調査することで、周辺地盤の耐震性が的確に把握でき、具体的な地震対策の策定や評価が可能になることが確認された。また、イタリアでの文化財危険地図に関する調査の成果は、文化遺産国際協力コンソーシアム編『被災文化遺産復旧に係る調査報告書』「イタリア」に反映されている。
2011年度:
(1)現地調査(イタリア)
2011年11月にラクイラでの調査を実施した。ラクイラでは2009年4月に発生した地震により建造物に大きな被害が生じたが、旧市街地ではほとんど復興が進んでいなかった。建造物の修理は足場を組んだり、応急的に亀裂の入った柱にベルト状の補強を巻きつける程度で、復興計画が決まっていないため本格的な修理に取り掛かれない状態であった。また、日本の技術協力により免震装置を設置する予定との情報があった建造物も、技術に対する理解が得られず、装置の設置は見送られたとのことであった。危険度評価や現状調査の、修理や復興への活用については知ることができなかった。
(2)地震対策と地震危険度評価の認知度についてのアンケート調査
文化財の地震防災の検討にあたり、地震対策の進捗状況や、対策を妨げているのは何か、必要とされている情報が何かを知る必要がある。そこで、国の地震危険度評価を実際の文化財保護へ活用する可能性を検討する手段の一つとして、国宝文化財建造物の地震対策に関するアンケート調査を、国宝文化財建造物所有者および管理責任者である地方自治体の担当部門に対して実施した。
その結果、地震対策は15%の国宝文化財建造物でしか行われておらず、実施を妨げる最大の要因は経済的要因であった。地震対策の手法や地震自体に関する情報不足も、費用に次ぐ主要な原因である。所有する文化財建造物のある場所で想定される揺れについての知識の有無は、地震対策をすでに施している所有者では「ある」と答えた割合が高く、行っていない所有者では低かった。一方、確率論的地震動予測地図の存在は、地震対策を行っている回答者のほうが行っていない回答者よりも知っている割合は高いものの、全体に認知度が低かった。しかし,確率論的地震動予測地図などの地震と地震動に関する情報は,文化財の地震防災に対しては有効であると考える回答者が多数で、課題は残るものの、確率論的地震動予測地図に対する期待が文化財所有者にあることが示唆された。文化財の地震対策を行うにあたり所有(管理責任)者が最も知りたいのは、地震対策の手法に関する情報であった。地震発生後のアプローチのタイミングとして、地震直後に被害状況の問い合わせがほしいとの意見が最も多かったことにも関連するが、所有(管理責任)者は、指導・助言を行う国や地方行政組織からの今以上に緊密な働きかけを求めていると考えられた。この結果は、二神葉子・隈元崇(2011):国宝文化財建造物の地震対策の現状と課題―地震動予測地図との連携の可能性―(『地震ジャーナル』52、pp.42-56)に発表された。
文化財の被災履歴データベースによる脆弱性評価と保存計画策定への活用に関する研究
- 事業名称
- 文化財の被災履歴データベースによる脆弱性評価と保存計画策定への活用に関する研究
- 実施地域・国
- イタリア
- 地域
- 欧州
- 事業実施機関
- 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所
- 期間
- 2009年 ~ 2011年
- 協力の種類・事業区分
- 学術調査・研究
- 資金源
- 科研費
活動内容
プロジェクト参照URL