若手研究(B) 文化財科学
【目的】
本研究は、ユーラシア地域の練り土製の壁に描かれたセッコ壁画表面の黒色生成物、付着物などの汚れを除去するための、適切で効果的な材料および手法について明らかにすることを目的としている。フレスコ技法により描かれた壁画と異なり、中央アジアの壁画は、主に水溶性の有機質の膠着材(植物性多糖類、卵白、動物性膠など)を用いて顔料を壁面に固着するセッコ技法によって描かれており、その技術は、広く地中海沿岸地域から東方ユーラシア、朝鮮半島、日本列島にまで広がっている。壁画表面は、長年の埃の堆積、有機物の劣化、煙、滲み、微生物による表面汚染など様々な要因によって変色していることが多く、本来の色彩を取り戻すためには、適切なクリーニングが必要とされる。しかし、単純な水溶液を洗浄に使用すると、水溶性の壁画の材料が溶出してしまうなど、さまざまな問題がある。
そこで、本研究では特にシルクロード地域の各石窟壁画から得られた各種の汚れについて分析を行い、表面の変色機構について検証した上で、次に、壁画試料を用いて、ゲル化した界面活性剤や洗浄剤などを中心として各種のテストを行う。最適な洗浄剤を、実際の遺跡における保存事業の中で応用施工し、処理の結果についても評価する。
【成果】
2006年度:
第1年次の本年は、まず、対象とする壁画の材質研究と黒色付着物の分析を行った。壁の材質、壁面の調整方法、各種の顔料や染料系の有機顔料を何層にも重ねることによる光学的な効果、顔料粒子の分粒の程度など様々な絵画彩色技法について、壁画の微小試料を用いて、μXRD、水溶性の膠着材以外にも、XRF、μFTIR、SEM-EDS、pyGC/MSなど各種分析機器を使用して分析を行った。今回の分析により、中央アジアの壁画に乾性油や鉛石鹸、天然樹脂と考えられる材料が使用されたことを初めて明らかにした。分析にあたり、欧州シンクロトロン放射光施設(ESRF)及びカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と共同研究を行った。また、さまざまな洗浄剤やゲル化剤など基材を用いた洗浄試験を開始した。セッコ壁画に付着する黒色物質が多糖類を主体とする物質であることを同定し、各種の試験の結果、その物質を壁画を傷めないように除去するための洗浄剤として、ブチルアミンを主体とする有機溶剤、塩基性w/o型エマルション、水を用いた洗浄剤、計3種を選択した。ゲル化剤を高吸水性シートに付着させた洗浄シートの試作も行った。
2007年度:
第2年次の本年は、昨年度に引き続き、壁画の構成成分のうち、特に有機物質の分析を行った。壁画表面の洗浄に際し、壁画に含まれる有機物質の水あるいはさまざまな溶媒に対する溶解度が大きく影響を与えるため、有機物質の同定を重点的に行った。調査に当たっては、米国ゲティ保存研究所と共同研究を行った。壁画の微小試料を用いて、ガム、乾性油/樹脂/蜜蝋、タンパク質の同定を、それぞれ異なる分析条件を用いてGC/MS やELISA法を使用して分析を行った。今回の分析により、中央アジアの壁画に胡桃油あるいはポピーシード油に類似した乾性油、動物由来のタンパク質、卵由来のタンパク質などさまざまな材料が使用されたことを初めて明らかにした。特に、土製の壁に描かれたセッコ壁画に乾性油が膠着材として使用されている例として極めて珍しい事例を明らかにすることができた。土製の壁に描かれた壁画の中にも、油性の膠着材、水性の膠着材、樹脂系のグレーズなど、さまざまな材料が使用されていることが明らかになった。
ジェルクリーニング剤を用いたセッコ壁画表面の保存処理法に関する研究
- 事業名称
- ジェルクリーニング剤を用いたセッコ壁画表面の保存処理法に関する研究
- 実施地域・国
- アフガニスタン
- 地域
- 中東
- 事業実施機関
- 東京文化財研究所
- 期間
- 2006年 ~ 2007年
- 協力の種類・事業区分
- 学術調査・研究
- 資金源
- 科研費
活動内容
プロジェクト参照URL