テルル・ハメディヤート遺跡

事業名称
テルル・ハメディヤート遺跡
実施地域・国
イラク
地域
中東
文化遺産の分類
考古遺跡
事業実施機関
国士舘大学 イラク古代文化研究所
期間
1978年 ~ 1979年
協力の種類・事業区分
学術調査・研究
資金源
大学法人

活動内容

テル・グッバ南南西700~800m辺に位置する。テル・ソンゴルからいえば南南西方へナリン川岸まで連続する自然丘上の遺跡である。

テル・グッバ周辺にはいくつかの遺跡があり、方針としてひろく調査するかテル・グッバへ集中するのかについて両方の意見が隊員にあり、イラク当局はひろく発掘してほしいと要望していた。結局、テル・グッバとテル・ソンゴルに集中して発掘することにし、テルル・ハメディヤートは試掘程度とすることになった。そこで、テル・グッバにいた川又がまわってここを担当し、後半を篠原徹が調査。1978年12月から1979年3月にかけて断続的に調査をおこなった。川又・篠原は長く滞在できず、遺物整理はグッバ班・ソンゴル班メンバーにゆだねた。

なお、作業休憩所兼警備員宿所として、南方マーシュ風の葦小屋(ムディーフ)をある作業員の指導で建てたのも印象的なことであった。

遺跡は、アルサケス朝時代からササン朝時代にかけての集落・工房跡で、土器窯・醸造施設・貯蔵施設(大型土器の置場)・石膏貼小室建物等がある。何かの融解したような跡もある。遺物は土器がほとんどであるが、鉄器・ガラス器(カットグラスを含む)・封泥などもある。

ここから北方、つまりテル・グッバ西方ナリン川にかけては、一面耕作されて平らになっていて遺物が散乱していた(テルル・ハバーリ)。テルル・ハメディヤートとテルル・ハバーリは連続する1km×1kmくらいの集落であり、その南部が工房区であったのであろう。テル・グッバとソンゴルにも同時期の墓があり、川対岸にも同時期の遺物がある(テル・アルワーン)。

なお、近年のガラス関係の論考のなかには、カットグラス出土のことに関連して、テルル・ハメディヤートをキシュの一部とするものがあるが、これは誤解であって場所が違う。

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