インドネシア伝統工芸に関する日本・インドネシアの共同研究 ジャワ更紗を中心とする歴史・意匠・技術の総合調査

事業名称
インドネシア伝統工芸に関する日本・インドネシアの共同研究 ジャワ更紗を中心とする歴史・意匠・技術の総合調査
実施地域・国
インドネシア
地域
アジア
事業実施機関
日本女子大学
期間
1991年 ~ 1993年
協力の種類・事業区分
人材育成、 資金提供、 学術調査・研究
資金源
民間財団

活動内容

[1991年]
 バティックは、ジャワ島を中心に階級や種族また地域の違いなどによって、おのおの独自の発達を遂げた世界でも類例のない優れた蝋染である。しかし近年における服装形式の西洋化と大企業の工場生産による安価なプリント衣料の氾濫は、伝統的なバティック製作を著しく衰退させるに至っている。
 当研究は、以上の背景を踏まえ、今日なお伝統技術が維持されている各地域で聞き取り調査を行い、写真やビデオによる資料作りと製作工程見本を作製して、伝統バティックの保存と復元を目的とした予備調査とする。

[1993年]
 インドネシアのバティック(ジャワ更紗)は、世界でもまれな独得の?染である。しかし近代化に伴う工業化によって、化学繊維・染料のバティック柄のプリントが安く、かつ大量に生産されるようになった現在、伝統バティックは急速に衰微している。このためジャワ人の間においても、プリントと伝統バティックとの識別すらできなくなる傾向にある。したがって、手工芸としての伝統バティックを保存していくためには、現時点で可能なかぎりの総合資料を作成する必要があると考える。
 当研究では1991年度助成金によって得られた成果を踏まえ、①国立博物館および個人所蔵のバティックの写真資料の収集と整理、②各地の工程見本・染料見本の充実、③インドネシア側に基礎資料の作成方法を指導し、今後の継続化を図る、④資料が活用され、より充実するように研修セミナーを積み重ね、伝統バティックに関する知識交換のネット・ワークをより強固なものとする。

研究の目的
本研究は、1991年度の試行・準備研究の成果を踏まえ、以下の三点を目的とした。
1)伝統バティックに関する基礎資料の作成
バティックは、一般に日本で「ジャワ更紗」の名で親しまれてきたもので、世界でもその精緻な蝋防染の技術が高く評価されている。しかし、ジャワ島ではかつての伝統的な技法によるバティックの制作が、大量生産のプリントにおされ、しだいに失われようとしていることを懸念し、本研究では伝統バティックの技術や模様の基礎資料の作成が急務であることを認識し、できるだけ多くの正しい資料を整えることを第一の目的とした。
2)インドネシア国内の伝統バティック制作者及び研究者間の交流の促進
前回の調査で、ジャワ島の各地で現在でも伝統バティックの制作が行なわれているにもかかわらず、現地の研究者が各地の技術を実際に見て調査する機会もなく、製作者相互の交流も行なわれていないことが判明した。その現状を打開するために、まずインドネシアの染織研究者達に伝統バティックをよりよく理解してもらうための、スタディ-・ツア-や研究会を繰り返し行なうことによって、インドネシアにおけるバティック研究のネット・ワーク作りを目指した。
3)伝統バティックに関する資料を保存し、研修・研究するための施設を模索する
本研究で得られた成果を、インドネシアで将来に向けて有効に活用していくためには現地に何らかの施設が必要である。この課題は本研究当初からの懸案であったが、多くの検討の結果、ジョクジャカルタ総合芸術大学内に「バティック伝統染織研究所」(仮称)の設立が可能な条件で整いつつあり、現在その研究所の運営に必要な機材の確保のため、日本政府からの文化無償援助を受けるための手続きを進めている。

研究の内容・方法
1)伝統バティックに関する基礎資料の作成
前回の試行・準備研究を基礎に、伝統バティックのデータ・カードの作成と各地方のバティックの制作工程の染色見本の作成を継続し、充実させた。データ・カードは模様名・制作地などの記入作業をおえたものが現段階で303枚。工程見本の作成に関しては、伝統バティック生産地ごとに、染色前の布処理から染色の段階に至までの全工程を逐一カバ-して行なった。このため、プカロガンのように非常に手間のかかる細かな仕事をしている工房では、完了までに一年半の期間を要した場合もあるが、こうした工程見本の作成によって、伝統バティックの技術とプリントによるバティックとの違いを容易に理解してもらうための手引きとなった。

現地調査と作業の成果
基礎資料を作成するにあたり、研究成果をインドネシアに残すのみではなく、研究や調査の方法を現地に根付かせることを心がけた。その結果ジョクジャカルタ総合芸術大学を卒業したスミノは、タシックマラヤとガルトでの聞き書き調査を行い(別添付資料1)ジャカルタ博物館のヨセフは、ジョクジャカルタ・ソノブドヨ博物館所蔵のバティック120枚の写真撮影を行なうなど、インドネシア側の若手研究者たちの積極的な協力が顕著となった。またヨセフはバティックの写真の一部をコンピュータに入力し、光ディスクによるデータ化を実験的に行なっている(別添付資料2)。その他、共同研究者であるスハジ氏によるバティック協会所蔵のバティックの報告(別添付資料3)。高見・伊藤・スミノらによるマドラ島パセセ村での植物染料による染色見本の完成資料(別添付資料4)などが整えられた。
2)インドネシア国内の伝統バティック関係者間の交流の促進
前回の試行・準備研究の一環として1992年8月、スラカルタでセミナー「今日のインドネシア伝統バティック」を開催した。このセミナーで、バティックを教える立場の美術大学系の教師や研究所の関係者たちの多くが、伝統バティックの生産現場を実際に訪問していないことが明らかにされ、彼らが生産者との交流を望む声が相次いだ。そうした要請を背景に、本研究では、我々研究チームがまず生産地の事前調査を行い、その後1994年8月に「バティック研究者・教師等による生産地訪問ツア-」を実施した。この事前調査と訪問ツア-の参加者及び訪問先は別添付資料5と6を参照されたい。こうしたスタディ-・ツア-はインドネシアの研究者と製作者の交流につながり、伝統バティックの制作方法や生産の現状をよりよく理解し認識する場となった。
3)伝統バティックに関する資料の保存と活用
本研究を開始した当初から、インドネシア側よりこの調査研究で得られた資料を将来に向けて保存し活用していく場がほしいうという希望があり、日本側でも研究活動を通して作成される資料等をどのような形でインドネシアに残し、資料が有効に活用されるだけではなく、現地でバティック研究が継続されるような方向を模索してきた。この問題について両国の共同研究者間で検討を重ねた結果、ジョクジャカルタ総合芸術大学内に、「バティック伝統染織研究所」(仮称)として、研究所の設立計画が進められることになった。この施設は、同大学が1995年に着工する図書館の一部のスペース約300平方メ-トルに設置される予定である。

結論・考察
本研究で目的とした三つの課題は、当初は日本側が積極的に提起したものではあったが、1991年度の試行・準備研究に続く1993年度の総合研究の助成を受けての継続研究の期間に、しだいにインドネシア側の問題意識に移行していった。「バティック伝統染織研究所」(仮称)の構想もその顕著なあらわれといえる。今後の課題としては、1)にオランダ語文献のインドネシア語への翻訳。2)に伝統バティックのデータ-・カードの一層の充実。3)に資料保存のための環境の改善(光ディスクによるデータ-化など)が挙げられる。
さらに伝統バティックに関する歴史的研究、多様なバティックの模様意匠に関する研究、各地域の制作工程の比較研究など研究課題は山積の状態にある。しかしバティックという言葉が、近代の技術革命以前の模様染を示す「防染」の一原理として染織用語に定着している今日、ジャワのバティックはその最後の砦として、守り通して欲しい伝統技術であり、インドネシアに限らず世界にも稀な伝統工芸であることが認識される。一方この研究調査を続けているうちに、従来漠然と「バティック・ホウコウカイ」「バティック・テイガヌグリ」と称されてきたバティックの性格にも新な見解を得ることができ、またバティックの歴史もいたずらに時代を遡らせるのではなく、現在見るようなバティックの精巧化が何時始まったかなどの考察も試みることができた。これらの成果の一端は東京国立博物館美術史「MUSEUM」529号に〈ジャワ更紗-北岸系バティックを中心として-〉と題して発表している。一個人では困難な研究課題も両国の互いの協力で、現地での資料に基ずいた研究成果を今後も継続的に積み重ねていくことによって、バティックに関する正しい歴史・模様・技術などの問題を解きあかしていくことができるものと考える。

記事をシェアする

Facebookでシェア Twitterでシェア
Projects

当ウェブサイトでは、ウェブサイトの利便性向上のためにCookie(クッキー)を使用しています。Cookieの利用にご同意いただける場合は「同意する」ボタンを押してください。「拒否する」を選択された場合、必須Cookie以外は利用いたしません。必須Cookie等、詳細はサイトポリシーへ