アセアン10ヵ国の文化遺産教育に資する国際連携の構築

事業名称
アセアン10ヵ国の文化遺産教育に資する国際連携の構築(文化遺産国際協力拠点交流事業)
国名
中国
期間
2020年~2022年
対象名
①各国のお国自慢の遺跡 ②建国の発祥の地 ③独立戦争メモワールの宗主国との戦争記念館 ④自慢の希少動・植物 ⑤世界に誇る自然遺産、⑥有名な遺跡・社寺・仏閣 ⑦アセアン各地のお国自慢および地域自慢と無形文化財
文化遺産の分類
総合
実施組織
上智大学アンコール遺跡国際調査団
出資元
文化庁
事業区分
意識啓蒙・普及活動、 基礎研究、 人材育成、 事業計画書

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背景

Background

アセアンの社会・経済・開発の現状とその根底にある文化遺産教育の問題

 カンボジアは暴政ポル・ポト政権の下で、難民と行方不明者が約250万人以上に達し、その結果、カンボジア人遺跡保存官も3名しか生きて戻ってこなかった。私たちは、1991年からこれまで32年にわたり現地に、若手カンボジア人遺跡保存官候補者に対する文化遺産教育をイロハから手掛けてきた。
 「カンボジア人による、カンボジア人のための、遺跡修復活動(By the Cambodians, For the Cambodians)」を民族の文化遺産教育の大指針として掲げ、カリキュラムを作成した。この教育カリキュラムは、集中講義、および遺跡現場の実習を中心に、アンコール遺跡の在るシェムリアップ州で1991年から開始された。
 以降、アンコール遺跡救済とカンボジア人保存官の人材養成活動を約30年あまり、現地に出かけておいて実施してきた。
 

「アセアン10ヵ国の文化遺産教育に資する国際連携の構築」の実施

 本事業では、「カンボジア版文化遺産教育」を一つの事例に採りあげた。同じ東南アジアのアセアン9ヵ国の文化遺産教育担当者たちに改めて自分たちの「文化遺産教育」はどうだったかを改めて問い直し、文化遺産と民族アイデンティティの問題を議論するものである。
 3年間かけて、10ヵ国と私たちが共同で「アセアン版文化遺産教育マニュアル案」を作成する国際協力拠点交流事業である。アセアン10カ国に共通する文化遺産教育研究について初めての文化遺産教育マニュアルである。2020年からコロナ禍のため、アセアン10カ国の文化遺産教育の専門家が上智大学アジア人材養成研究センター会場(カンボジア・シェムリアップ市)に集合し、討論(カントリー・レポート)することが不可となり、2020年度と2021年度はオンライン方式の文化遺産教育のワークショップとなった。

  • コーディネーター:石澤良昭先生(上智大学アジア人材養成研究センター所長・教授)

  • 司会・コーディネーター:丸井雅子先生(上智大学総合グローバル学部教授)

  • コーディネーター:田代亜紀子先生(北海道大学准教授)

  • コーディネーター:ニム・ソティーヴン先生(上智大学アジア人材養成研究センター研究員)

活動内容

Activities

ー国際協力拠点事業は、アセアン文化遺産の専門家と共に文化遺産教育を議論する ー文化遺産教育とそのカリキュラムがアセアン各国でどのように実施されたかどうか

 3年間かけて、文化遺産教育の指針となる新しいアセアン版カリキュラムの作成を目指している。「文化遺産教育」という視座から、アセアン共通の文化遺産問題を考えていくカリキュラムである。現況を踏まえた10ヵ国のカントリー・レポートの報告があり、それを踏まえて議論を経た後に、東南アジアの多文明世界に立脚する〈アセアン版文化遺産教育マニュアル〉を作成した。例として日本からは京都国立博物館の栗原祐司副館長が参加するなど、日本の遺跡保存・修復・公開の実績を参考にしながら報告事例を積み上げていった。

2020年度の活動ー「アセアン版文化遺産教育マニュアル」作成に向けて

 2020年度の国際ワークショップは、コロナ感染防止対策の観点からオンライン会議を開いた。
 2021年1月10日(日)上智大学アジア人材養成研究センターが主催しオンライン手法で開催された。当日は、在日アセアンの留学生等9名がZOOMで参加し、母国において自分が学んだ文化遺産教育はどうだったかを振り返り、報告された。お国柄と民族のルーツを語るカントリー・レポートが続いた。
 コロナ禍中の日本に生活する留学生として、「出身国」、および「そこに生活する人々の文化と民族の誇りを語る」、という臨場感みなぎる国際ワークショップであった。

国際協力拠点交流事業の目的

 「カンボジア版文化遺産教育」を1つの事例に、このアセアン文化遺産事業の「文化遺産教育」は、文化省の担当者がこれまでにどんな文化遺産教育を受けてきたかについて、発表をいただいた。その次に本来の「文化遺産教育」を担当する教育省の専門家方および現場の学校教育の先生方に問いかける手順とした。また、同じ東南アジアのアセアン10ヵ国の文化遺産教育の専門家たちと連携して各国の問題を改めて問い直した。
 現在のアセアンの社会・経済・開発の現状とその先にある文化遺産と民族アイデンティティの問題が提起されるものである。最終年度には10ヵ国と日本の私たちが共同で「アセアン版文化遺産教育マニュアル案」を作成する予定であり、この分野における日本の初めての文化貢献イニシアティヴになると期待される。

  • オンライン方式会議に出席いただいた専門家・教員のみなさま

結果

Results

2021年度の活動ー国際ワークショップは、コロナ感染防止対策の観点からー

 2021年度は、2022年1月8日(土)、9日(日)、計2日間にわたり、上智大学アジア人材養成研究センターが主催してオンラインでワークショップを開催した。当日は、アセアン各国から、文化遺産教育の専門家(文化芸術省局長や博物館館長等)がオンラインで出席し、自国における文化遺産教育の現状を報告、そして意見交換を行った。
 初日は、冒頭に上智学院理事長の佐久間勤先生による開会挨拶があり、カンボジア現地よりヘン・ソファダイ教授(プノンペン王立芸術大学学長)、シリル・ヴェリヤト名誉教授(上智大学アジア・アフリカ研究所)による基調講演等が行われた。午後からは、カンボジア、インドネシア、マレーシア文化遺産教育専門家によるカントリー・レポート発表、ディスカッションが行われた。
 2日目は、日本より栗原祐司氏(京都国立博物館副館長)による特別講演が行われ、その後、ミャンマー、タイ、ベトナム文化遺産教育関係者によるカントリー・レポート発表およびディスカッションが行われた。計2日間にわたる本ワークショップでは、出席したアセアン各国の文化遺産教育専門家から、自国の文化遺産教育の現状および課題など活発な議論が展開された。
 コーディネーターは、本学の丸井雅子教授、アジア人材養成研究センターの二ム・ソティーヴン研究員、コメンテーターは、ミャンマー現地よりウー・ニュンハン教授(ミャンマー宗教文化省考古シニアアドバイザー)、田代亜紀子准教授(北海道大学)に担当いただいた。

文化遺産教育の原点を求めて

国際ワークショップでは、以下の点が確認された。
①文化遺産および民族の文化問題には、時空を超えた歴史時代の社会の様々な情報が含まれている。「文化遺産教育」を通じて、それらの過去と現在の諸情報を引出し、研究発表や再調査により新たにいろいろの分野の人たちのメッセージを解読し、まとめていく作業である。
②文化遺産を民族の誇り、アイデンティティそのものとして現代社会の中に位置づけていく。
③現代社会で民族の誇りを喚起する活動につなげ、定着させていく。
④文化遺産とは、その国の人たちが創り出した世界で類を見ない唯一の国宝級遺産である。
⑤世代から世代へと時空を超えて、承継されていくべき遺産はたくさんある。それは家族のルーツ探しであったり、地域に根差した仏教儀礼であったり、お国自慢の物語であったりする。

過去を振り返り未来を創る:

 ここでは国際ワークショップ「アセアン10ヵ国の文化遺産教育に資する国際連携の構築」に登壇した坪井善明氏 (早稲田大学名誉教授)の発表原稿を一部紹介したい。

・アセアン(ASEAN)の成立史
 アセアン(東南アジア諸国連合:ASEAN: Association of South-East Asian Nations)は1967年に、タイ・インドネシア・シンガポール・マレーシア・フィリピンの5か国によって結成されました。地域連合としてはアジアでは初めての試みでした。東側の社会主義諸国に対抗する西側の自由主義諸国の同盟という政治的意味が重きを置いていました。1995年にベトナムが参加したことにより、イデオロギーを超えて地域共同体の色合いを強めました。1997年にミャンマーとラオスが加盟し、1999年にはカンボジアが参加して、これで東南アジア10か国全部が加盟した地域共同体「ASEAN 10」として完成しました。
・東南アジア50年を5時代に分類
 30年以上の年月が経過して、世界規模の経済発展が急速に拡大してきました。東南アジア諸国は経済的に言えば小国の立場だったので、人材は乏しくかつ市場は狭く、自国だけでは世界的な発展に追いつかないという現実に直面しました。そのためにも近隣の諸国が一致団結してより大きなパワーを身に着ける必要を感じたのです。
 この東南アジアを西欧列強に植民地化された17世紀以来の350年間のスパンで時系列的に眺めてみると、5つの時代に分類することができます。「停滞する時代」・「抵抗する時代」・「独立する時代」・「繁栄する時代」・「自己主張する時代」です。世界中の多くの人々が、アセアンはグローバルな強力な組織として認知しています。言葉を代えていえば、アセアンは外交上の対話や同盟のパートナーとして大国のアメリカ・ロシア・中国そしてEUと対等な立場で話し合える地域共同体として認められてきたのです。
・自然と共生する
 このような文化遺産を研究すると、西欧列強の影響を全く受けていない当時の建設技術の水準の高さを知ることができます。それと同時に、当時の人々の暮らしぶりも分かります。東南アジアの遺跡に共通するものは、「自然と共生する」というか「与えられた環境に人間が如何に順応して生活するか」という哲学というか価値観が存在していました。
 私も東南アジアにある色々な世界遺産並びに世界遺産級の遺跡を見てきましたが、建設当時の時代を考えると、欧米を含めて世界のトップクラスの美意識とそれを表現する独自の技術を自前で習得していたことが理解できました。そして、「自然と人間が一緒に暮らす」というメッセージに感銘を受けました。
・文化遺産教育に至る道は多様
 現在では、その欧米流の「発展」は地球環境を破壊することになります。2015年9月、国連は「SDG‘s」(Sustainable Development Goals:持続可能な発開発目標)を定め、2016年から2030年までの15年間で達成することを目標として17の項目を目標として国連加盟国193ヵ国が努力をすることを宣言したものです。
 東南アジアの地域で、西欧列強が来る前の王朝・王国時代の生き方・暮らし方を現代に生かすことが求められているということです。「普遍的なるもの」を西欧列強に独り占めにさせるのではなく、「普遍に至る道は多様であって良い」というメッセージをアセアンから発信していくことが求められています。アセアンに沢山ある文化遺産をより詳しく科学的に研究して、その成果を広くアセアンの人々が共有すること。それを工夫して現代に生かすことを実現すること。これこそが、アセアンの「自己主張」の内容であり、「過去を振り返り、未来に生かす」方法だと確信しています。
 「地球を救う」ために、アセアン諸国に在る文化遺産を研究して、将来に生かすことを一緒に追求していきたいと願っています。(オンライン発表原稿より一部を抜粋)

民族のルーツ探しから始まる文化遺産教育とは

 この「文化遺産教育」は、まとめると、「自分とは誰か?」、「自分のルーツ探し」であり、「自分の拠って立つ文化の原点とは何か」である。複数形で考えると、自分たちの民族はどうしてこの国にいるのか。どのように国を造ったかにまで行き着く。民族の独立、民族のアイデンティティを再認識することから、国旗も登場する。
 本ワークショップは、本年2022年を最終年度とするが、アセアン10ヵ国と日本に共通する「文化遺産教育マニュアル」を今後どのようにまとめるか、その完成に向けた活動は、最終年度にはこの「文化遺産教育マニュアル」をまとめていく。もし、予算が可能であれば、『マニュアル』原本をアセアン各国の地域言語(ベトナム語、カンボジア語、タイ語、ラオ語、マレー語、タガログ語、ブルネイ方言、インドネシア語、中国語、広東語、汕頭語)に翻訳することを検討する。

2022年度の活動ーカンボジアでのワークショップの開催ー

最終年(2022年)の開催プログラム予定は以下である。

 会場: 上智大学アジア人材養成研究センター(カンボジア王国、シェムリアップ市内)
 期間:2022年11月13日(日)~20日 (日)(8日間)
 予定:
1日目: All participants Arrival at Phnom Penh City, Cambodia
2日目: Opening Ceremony at the Ministry of Culture and Fine Arts, Cambodia. Keynote Speech by H.E. Madame Minster of Ministry of Culture and Fine Arts, Cambodia, Visit National Museum of Phnom Penh, Visit Royal University of Phnom Penh, Special Remarks by H.E. Minister of Education, Youth and Sport
3日目: Transfer from Phnom Penh to Siem Reap City by Bus, Stopping by World Heritage Sites of Preah Khan of Kompong Svay
4日目: Visit the Office of APSARA Authority, Special Lecture and Case Studies of Cultural Heritage Education Program by Specialists from Cambodia, Presentation of Country Reports from Participants
5日目: Visit Angkor Wat temple, Presentation of Country Reports from Participants, Discussion.
6日目:Special Lectures, Visit Banteay Kdei temple and Angkor Conservation Office, Visit Preah Norodom Sihanouk-Angkor Museum
7日目: Visit Angkor Tom temple and Ta Prohm Temple, Special Lecture, Discussion, Closing Ceremony

  • 上智大学 アジア人材養成研究センター(1996年建設):現地カンボジア・シェムリアップ市内に土地を購入し、上智大学アジア人材養成研究センターの教育・研究拠点を建設(1996年)

地図

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執筆者

石澤 良昭

上智大学アジア人材養成研究センター所長(特任)

Projects

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