「金の子牛の聖所 」-北王国イスラエルの国家神殿
ベイティン遺跡
本プロジェクトの対象となっているベイティン遺跡は、パレスチナ自治区ラマッラ の北東8㎞、エルサレムから北に19㎞ほどに位置する複合的な考古遺跡である。人口わずか2000人程度の小さな村の中に銅石器時代から始まるテル(遺跡丘) 、谷沿いの墓群、ビザンツ時代以降の塔をともなう遺跡(ブルジュ・ベイティンと呼ばれる)、貯水池、前近代の農耕設備群などが散在している。そのため、紀元前3500年頃から約百年前までの、この地方の歴史を概観することができる。
ベイティン(べテル)の町の重要性
特に青銅器時代から鉄器時代のこの場所は、旧約聖書にしばしば登場するベテルの町だったと考えられ、聖書の世界や信仰を理解する上で欠かすことのできない貴重な遺跡である。ここはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の始祖となった族長アブラハムやヤコブ が宿営した場所で、特にヤコブは梯子を上り下りする天使の幻を見たり、イスラエルと名前を変えるよう神の指示を受けたりした。イスラエル王国 が南北に分裂すると、この場所は北王国イスラエルの国家神殿となり、「金の子牛」が置かれたとされている。エルサレムにあった南王国ユダ の神殿と対立するためである。その後もバビロニア捕囚 から帰って来た人々の共同体が形成されたことが記録されており、ビザンツ時代には巡礼地として発達した。現在これらの宗教を信じる人々は、世界の人口の半数以上を占めており、多くの人々の関心の対象となり、観光客が来ることが想定される。