パルミラ遺跡学術調査事業

事業名称
パルミラ遺跡学術調査事業
国名
シリア・アラブ共和国
期間
1990年~継続中
対象名
パルミラ遺跡
文化遺産の分類
記念物、 遺跡
実施組織
パルミラ遺跡学術調査事業
出資元
科研費
事業区分
基礎研究、 保存修復

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背景

Background

シルクロードの隊商都市、世界遺産パルミラ遺跡

 シリアは、東地中海に面する小国であり、面積では日本の約半分程度である。しかしフランスから独立した1946年以前、シリア人は支配勢力が時に応じて変わっても、東地中海全域をシャーム(シリア、レバノン、ヨルダン)という範囲としてシリアの領土と考えていた。シリアは、人類の歴史という大河の流れの真只中に存在し、メソポタミア、エジプト、ペルシャ、ギリシャ・ローマ地域から様々な文化を受け入れ、その中で独自の文化を育んできた。この地中に眠る人類史の痕跡を世界の人々が注目し、シリアの理解のもと多くの外国隊が調査に従事している。我々もこのような地に位置するパルミラ遺跡において調査に従事している。
 パルミラはシリア沙漠の中央に位置する隊商都市として紀元前1世紀から紀元後3世紀に最も繁栄し、シルクロード沿線の中で西のローマと東のパルティアの力の均衡関係の中で最も繁栄した都市国家である。しかし女王ゼノビアの領土拡大路線によって274年に滅びる。パルミラ遺跡は、全宇宙を司るベル神を祭ったベル神殿を中心に様々な施設が存在し、東西6キロ、南北8キロあまりの範囲に広がっている。そしてギリシャ・ローマの例にもれず、市街地の周りに墓地が営まれている。パルミラ遺跡は、今も往時の東西交流の繁栄の跡を残しており、人々は遺跡内を自由に散策し、それを味わうことができる世界でも稀有な遺跡である。そしてこの遺跡は、1982年に世界遺産に登録されている。

  • 修復されたTomb F(ボルハ&ボルパの墓)(提供:西藤清秀)

  • 北墓地129-b号家屋墓の修復・復元にむけてのCGに3次元画像を織り込んだ画像(制作:滋賀県立大学・㈱アコード、提供:西藤清秀)

活動内容

Activities

なら・シルクロード博覧会後のシリアとの交流

パルミラ遺跡における発掘調査を中心とした事業開始の経緯は、奈良県が1988年に開催した「なら・シルクロード博覧会」における、シリアからの展示品の借り受けに関わって生まれた交流に起因する。奈良県は、博覧会後の1990年、奈良県立橿原考古学研究所、奈良大学、京都大学、九州大学、古代オリエント博物館などからなる調査団(団長:樋口隆康)を編成し、パルミラへの調査団を送り込こんだ。そして2000年までの11年間にわたってパルミラ遺跡東南墓地において家屋墓(Tomb A)と2基の地下墓(Tomb C and Tomb F)を発掘調査し、その中でボルハとボルパの兄弟によって128年に建造されたTomb Fの修復・復元を実施し、シリアとの交流を図った。この際の修復・復元のコンセプトは、修復・復元箇所を第三者に対して明確化することであった。
 さらに2001年から2005年には「パルミラの葬制に関わる研究」に科学研究費補助金(代表:西藤清秀)を得て、東南墓地において奈良県立橿原考古学研究所を中心として滋賀県立大学、九州大学、古代オリエント博物館、国立科学博物館、㈱アコードなどの協力により発掘調査、修復・復元を継続的に実施した。この調査では、パルミラで最古の墓であるTomb Gや地下墓であるTomb Eとタイボールが117年に建造した地下墓Tomb Hを発掘した。その中で墓室内に彫像類が豊富に原位置を保っていたTomb Hについては2005年に住友財団による助成を得て、発掘時の臨場感を味わえる修復・復元を目指し、実施した。

  • 発掘中のTomb F全景(北東より)(提供:西藤清秀)

  • Tomb F主室棺棚発掘風景(提供:西藤清秀)

  • 発掘されたTomb H北側壁壁龕(提供:西藤清秀)

結果

Results

新たなパルミラ遺跡での調査と修復・復元への展開

1990年から2000年の第1期では2基の地下墓と1基の家屋墓の調査を実施し、その中の地下墓(Tomb F)の修復・復元を施工・竣工した。この地下墓の修復・復元はパルミラに新たに見学できる地下墓としてパルミラの観光に一役買うことになった。さらにこの調査成果に基づいた修復・復元事業は、直後に実施されたパルミラ博物館による3兄弟地下墓の墓室床面や入口階段部の修復・復元に我々と同様の工法を採用するという結果をもたらした。
 また、2001年から2005年の第2期には2基の地下墓と1基の石蓋木棺墓の調査を実施し、地下墓(Tomb H)を修復・復元した。この修復・復元によりフィールドミュージアムとしてのパルミラ遺跡東南墓地に、新たな異なる手法による修復・復元した地下墓を加えることになった。パルミラでの調査、修復・復元は、観光資源の提供ばかりでなく、調査時から現地での雇用を生み出し、パルミラの経済にささやかであるが潤いを与えている。現在、パルミラ遺跡では日本以外に、ポーランド、ドイツ、フランス、アメリカ、イタリア、ノルウェーが調査を実施し、それぞれの調査隊は調査の公開もおこない、観光客にとって、遺跡散策の中での新たな発見を楽しめる場を提供している。
 このような状況の中、我々は科学研究費補助金(代表:西藤清秀)を得て、新たな取り組みを2006年度から北墓地で始めている。それは、パルミラの葬制の変化を捉えるため、地下墓から家屋墓129-b号墓の調査にシフトし、パルミラではあまり内容が明らかでない家屋墓をあらゆる角度から分析しパルミラの葬制全体の理解に努めている。我々は、最終的に129-b号家屋墓を修復・復元し、観光に役立てて欲しいと考えている。

  • 修復・復元作業中のTomb H主室天井(提供:西藤清秀)

  • 北墓地129-b号家屋墓の3次元計測作業(提供:西藤清秀)

地図

Map

Projects

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