事業の背景・具体的オペレーションの選定
2011年春のシリアにおける内戦勃発以来、シリア各地の文化遺産は、戦闘により被災したり、博物館や遺跡から略奪盗掘にあい密売されたり、あるいはISによって故意に破壊されるなど、極めて深刻な状況に陥っている。シリアの歴史は、農耕の始まりや都市文明の開始、文字の始まり、冶金術やガラス工芸技術の発達、アルファベットの発明、ヘレニズム文化の波及、ローマとパルチアの攻防、初期キリスト教会の発達、イスラーム初期王朝の発展など、人類史上極めて重要な役割を果たしてきた。そしてそのような歴史を伝える証人として、遺跡や文化財が残されてきた。内戦前まで日本の考古学調査隊は、シリア各地でこうした遺跡の発掘調査に携わってきた。内戦前に特にシリア北西部のイドリブ県で長期にわたり考古学調査を継続してきた筑波大学の調査隊は、文化庁の文化遺産保護国際貢献事業の支援を受けて、危機にあるシリア文化遺産の保護に取り組むことにした。私たちは、シリアの文化遺産を守るために、文化遺産自体を正確に記録し、当該国の人々に文化遺産の重要性を啓蒙し、人々自身が持続的な保護活動を行うことのできる具体的支援を考え、以下の3つのオペレーションを実施することとした。
1) シリア文化遺産の重要性を伝える教育
2) シリアで文化遺産の保全・保護に当たる人々へのマニュアルの作成と教育, 支援
3) 破壊の危機にある遺跡のデジタルデータによる記録
幸い、シリアでの文化財の保全、保護に深くかかわる、シリア政府文化財博物館総局(DGAM)や、イドリブ文化財センター、各地でのシリア難民教育などに当たっているNGOなどの協力を得て、これらのオペレーションを進めることができた。より具体的には、1)については、シリアの歴史と遺跡の重要性を啓蒙するための書籍の作成と配布、2)については、実用的なマニュアルの作成とそれに基づく教育と支援、3)については、特に戦乱で被害を受けているイドリブ県にある世界遺産「北シリアの古代村落群」の初期教会を記録対象として、オペレーションを実施した。