シリア、アイン・ダーラ遺跡ならびに同研究施設の復興に向けた調査研究

事業名称
シリア、アイン・ダーラ遺跡ならびに同研究施設の復興に向けた調査研究(令和2年度 緊急的文化遺産国際貢献事業)
国名
シリア
期間
2020年~2020年
対象名
アイン・ダーラ遺跡ならびに同研究施設
文化遺産の分類
遺跡
実施組織
国立大学法人東京大学
出資元
文化庁
事業区分
基礎研究

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背景

Background

アイン・ダーラ遺跡ならびに同研究施設と日本国との関わり

 中近東では過去幾度も政情不安が生じてきたが、2011年に始まり現在も続くシリア の争乱は近年、最も深刻なものの一つであり、現地文化遺産にも甚大な被害を与えるにいたっている。シリアでは1957年の東京大学の遺跡踏査以来、日本人による考古学遺跡、遺物の調査が活発におこなわれてきており、その学術的貢献は国際的にも高く評価されている。今般の政情不安においても、これまで深く日本人が関わってきたシリア文化遺産の現状、行く末について無関心ではいられない。この事業においては、2020年度において新たに発生した、アイン・ダーラ遺跡ならびにその関連施設の被災にかかわる調査研究を実施した。
 アイン・ダーラ遺跡はシリア北西部、アレッポ県にある鉄器時代の重要都市遺跡である。この遺跡では、1990年代に東京国立文化財研究所が石造神殿遺構の保存修復を実施した実績がある。また、遺跡に併設されている研究・収蔵施設の一部は東京大学の発掘隊が近郊にある旧石器時代デデリエ洞窟遺跡を調査研究するために1990年代に建造したものであり、内戦勃発まで活発に利用されていた。さらに、同施設はデデリエ洞窟出土品だけでなく、同じく東京大学が1990年代に発掘したアレッポ県東部の新石器・銅石器時代テル・コサック・シャマリ遺跡の出土品も収蔵していた。すなわち、日本の機関にとってシリア国における重要な研究拠点の一つであった。

  • アイン・ダーラ遺跡遠景

  • アイン・ダーラ遺跡併設施設。左が東京大学のチームが建設した建物。中央から右手にシリア政府が建設した建物があるが、樹木の中に隠れている。

活動内容

Activities

被災状況とその背景の調査

次の事業をおこなった。
1)アイン・ダーラ遺跡ならびに施設の被災現状調査。日本人による現場立ち入りは不可能であるため、現地ボランティアと連携して画像を収集するなどしてすすめた。 
2)アイン・ダーラ遺跡の遺構に関わる既存データの整理。1990年代の調査データを再活用可能な状態にまとめた(東京国立文化財研究所アーカイブを利用)。
3)アイン・ダーラ遺跡附属施設に保管されていたデデリエ遺跡出土遺物のデータ整理。発掘は1989年〜2011年まで20年以上にわたって実施された。そのデータをもとに、現地保管遺物のリストを構築した(東京大学総合研究博物館アーカイブを利用)。
4)アイン・ダーラ遺跡附属施設に保管されていたテル・コサック・シャマリ遺跡出土遺物のデータ整理。発掘は1994年〜1997年間で実施された。そのデータをもとに、現地保管遺物のリストを構築した(東京大学総合研究博物館アーカイブを利用)。
5)今後の対応施策の構築。アイン・ダーラ遺跡・併設施設は紛争地域にあり、文化財保護活動も同様に混乱している。現地ボランティアへの聞き取り、インターネットニュースなどを収集し現時点での判断をまとめた。

  • かつてのデデリエ洞窟資料保管状態(2007年)。木箱には石器や化石、土壌サンプルなどが収められていた。今回の争乱で全て放り出され、別所にまき散らされた。

  • 東京大学隊が建造した施設の研究室(2007年)。現在は、反政府側に占拠されており使途は開示されていない。

結果

Results

シリア政府の実効支配が及ばない地域の文化財保護

 2018年10月に入手した画像によれば被害は軽微であったが、2020年8月以降に送付されてきた画像や動画は同遺跡、施設が著しい破壊・略奪を受けたことを示していた。現在、アイン・ダーラは反政府組織の拠点の一つになっており、開示された情報は一部のみであるが、被害は、事業実施者の想像を超えていた。石造神殿遺構は爆破され、付属施設に収蔵されていたアイン・ダーラ、デデリエ、テル・コサック・シャマリという三遺跡の出土遺物は標本箱や棚からまき散らされ、本来の収蔵庫ではない場所をふくむ床に山積みされている状況であることが確認できた。
 現下、短期的に必要なのは現場の凍結である。現場を占拠している集団との交渉の困難さや被災した資料の専門性の高さを考慮すると、本格的な復興は現段階では計画しがたい。まずは、ボランティアなどと連携しつつ、壊滅的にまき散らされた標本群の散逸を可能な限り保全し、来るべき環境の好転を待つのが実際的かと思われる。その際には、今回の調査研究によって整理したような資料の基礎データが十分に活用できるだろう。
 将来的には、文化財保護を含む人道支援の枠組み拡大が考えられる。ただし、この点においても、アイン・ダーラ遺跡・施設、収蔵資料が現在反政府組織の支配下にあり、シリア政府の実効支配がおよんでいないことが問題になる。元来の監督者であった古物博物館総局アレッポ支局のスタッフやアフリン在住の管理人すら立ち入りがかなわないのである。そのような地域における文化財保護事業を日本国がどのようにすすめていくのがよいのか、本件は、我々の立ち位置についての根本的な課題も突きつけている。

  • シリア実効支配地図*を簡略化した。2021年3月現在)。東京大学が発掘した諸遺跡を星印で示している。発掘品を扱う政体が分断されていることがわかる。

地図

Map

Projects

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