第28回研究会(ウェビナー)「文化遺産とSDGs Ⅲ ―地域社会における文化遺産の役割を考える―」で、参加者からいただいた質問に対する回答を公開いたします(尚、質問事項は、原則として参加者からいただいたまま表記しています)。
質問1
文化遺産の保護や活用にあたり、地域住民や民間組織の積極的
回答
これまでカンボジア行政側は、活動予算や計画策定力がなかったため、自らは何もできない状況でした。そこでJSTでは、支援者の皆さまに呼びかけて寄付金を募り、また、日本で助成金を取得するなどして資金を集め、「遺跡周辺の小学校を対象にしたアンコール遺跡社会見学会」をはじめとする様々な活動を行ってきました。逆に言えば、予算と計画さえあれば草の根的な活動をすべて受け入れてもらえる状況でした。
そのような状況もここ数年、少しずつ変わってきているように思えます。カンボジア側(行政だけでなくNGOや学校なども)に、計画策定力と実行力が伴ってきたのです。様々な分野でカンボジア的にアレンジされた活動を実践し、ダイレクトに実を結んでいるものも多くなってきました。ただし、金銭的な不足は続いているため、実施に伴う経費などは随時拠出している状況です。よって、今後は持続的な収入源が必要と考えています。
最近注目しているのは、教育省直轄のユースセンターの活動です。いくつかの領域で活動されていますが、文化財保護関係では以下の活動を行っています。
1. 文化遺産継承活動:青少年を対象にした伝統舞踊、伝統楽器、伝統武道、文化遺産教育プログラム、など。
2. 青年ボランティア育成:青年ボランティアには、各学校から集められた優秀な高校生が参加。主な活動として、バイヨン中学・高校文化祭での文化財紹介や、文化財教室開催などがある。(※カンボジア国内で文化祭を行っている公立の学校は、現時点ではおそらくバイヨン中学・高校のみ)
(回答者:チア・ノル氏)
質問2
教員が少ないとのことですが、オンライン授業は不可能でしょうか。例えば日本の古いタブレットやスマホを寄付してもらい、町の学校の授業の録画(mp4)やpdfを入れて視聴して勉強するなど。
回答
現在は、カンボジア国内でコロナが蔓延しているため学校は閉鎖中ですが、バイヨン中学・高校では、今後はオンライン授業を中心に授業が進められるよう、準備を進めているところです。
カンボジア語で配信された授業動画はすでにありますので、今後、準備しなければならないのは、タブレット、大型テレビなど映像を映す画面、テレビ設置教室に防犯格子(テレビや電気配線などは外部の人間に盗まれてしまうため)、電気代、インターネット代金、配信教材購入費です。現時点では2組分しか揃っていませんが、今後は12教室分12セットを目標に導入を検討しています。
日本の古いタブレットやスマホで対応できるようでしたら、寄付していただくのは大歓迎です。
JSTのFacebookページ(2021年2月14日)に、オンライン授業の様子を紹介しておりますので、ご覧ください。
https://www.facebook.com/NGO.JST/posts/3890483364347114
(回答者:チア・ノル氏)
質問3
課題と、どのような機関からどのような支援が有ればよい、などがあれば教えて頂ければ幸いです。
回答
オンライン授業が完備されたとしても、教育に熱心な教員は必要です。カンボジアの教員がやる気を出すには、カンボジア側の教員制度改革(給料の見直し、交通費の支給、地方出身者の教員養成支援など)がまず必要となると思いますが、これまで日本の支援者のご支援でとても効果的だったことがあります。それは、カンボジアの教員を日本に招聘し、日本の教育現場を視察させていただくことです。日本の教育現場を1週間視察するだけで、カンボジアに戻ってきてからの教員は、生まれ変わったように積極的に学校改革に参加するようになりました。一人でも多くの教員がそのような機会に巡り合えれば、カンボジアの教育現場も一気に変わると思います。
その他、カンボジアの教育や地域を中心とした問題点やバイヨン中学・高校での出来事は、下記、JSTのFacebookで最新の状況を紹介しておりますので、ぜひご覧ください!
https://www.facebook.com/NGO.JST/?ref=pages_you_manage
(回答者:チア・ノル氏)
質問4
今から25年ぐらい前に、イフガオを訪者したことがあります。その時は、観光客で賑わっているという様子は、特にありませんでした。生活の中て出来上がってきた生活に根ざした風景が、いじされるための所得の再配分や、風景を維持するための生活様式を、どのように維持するのがいいのか、と思うところがあります。そうは言いつつ、生産性をあげることが必要と思われますが、その点、難しさを想像するところです。棚田の効率性が、決してよくない状況で、どのように解決していく方法があるのか、お考えを聞かせていただければ幸いです。
回答
簡単で即効性のある解決法はありません。先住民であるイフガオの住民は、伝統文化の継承を強く望んでいます。棚田の維持と活用はその中心です。棚田ではコメがつくられていますが、生産性は低く、自家消費が中心です。商品販売できる生産量がなく、流通経路なども整備されていません。政府は、生産量を増やすために、イネを伝統品種からハイブリット品種にかえようとしていますが、いろいろな問題があります。
(講演で述べましたように)能登半島を含む、日本国内の遠隔地の里山地域や中山間地でも地域の維持が困難になりつつあります。改善に向けて、いろいろな対策が試みられていますが、成果を得るのは簡単ではありません。イフガオでも能登でも、地域の困難を見据え、将来を担おうとする若手人材を育成することが、遠回りでも確実な対策であると思っています。どのような人材が必要か、どのように育成するか、簡単ではありませんが、長期的視点に立ち、人材を育成し続ける必要があります。そのような視点から、私はイフガオと能登の連携による人材育成に取り組んでいます。
(回答者:中村浩二氏)
質問5
SEPLSの中に人の生活はどのように位置付けられるのか、自然と人の共存という観点から、よく知りたいです。
回答
SEPLSは、SEPLS: Socio-ecological production landscapes and seascapesの略です。原義は、人の生活により作り上げられた景観です。陸地(里山)では、人が農業、林業をしながら、形成してきた自然(場所)を指します。そのような自然は、「2次的自然」と呼ばれ、人の活動により維持されていることが特色です。農林業(牧畜も含む)が、適切におこなわれていれば自然と人の共存は可能です。適切とは、乱開発、化学物質の多使用などを避けること、環境保全(自然共生)型の農林業をめざすことです。
(回答者:中村浩二氏)
質問6
文化や感性を自分に落とし込んで、その価値を自分自身が発見
回答
日本の教育が均一化されているのかどうかは、他の国と比較してみないと何とも言えません。少なくとも義務教育段階では多くの国に比べて日本の音楽、美術、体育などのカリキュラムは充実しているので文化に触れる訓練は行われていると思います。ただ、それが行き届きすぎて「受動的」になってしまいがち、という課題はあるかもしれません。また、教育カリキュラムの問題とは別に商業主義的な音楽普及や、西洋中心の文化教養主義崇拝は、それ以外のカテゴリー(非商業的、非西欧的)の文化に対する感性を鈍化させているかもしれません。
その結果、自分の「個性」を表出するためにグローバルな商業主義が仕掛ける流行を追い求め、結果として「没個性化」してしまう、という矛盾が発生します。こうなるとご指摘のように「個性を見失い、非常に苦しむ」といったことが起きるのかもしれませんね。
適切なアドバイスは思いつきませんが、一つには文化(音楽であれ、美術工芸であれ、建造物であれ)の評価軸は多様であって、自分が「良い」と思うものは世間の評判がどうであろうと自分にとって価値があること、同時に自分が持っている常識とは異なる価値観に生きる人がいる、ということを教育現場でも伝えることでしょうか。これは「多文化共生」にもつながります。
もう一つは、文化は「消費財ではない」ので、お金が無くて物理的に所有することができなくても、「身につける」ことはできるのだということを伝えることでしょうか。これは、ご指摘の「文化や感性を自分に落とし込む」ことともつながるかもしれません。
また、社会とのつながりという点では、文化は自分自身と社会との交信ツールとして活用できることも知っておいて頂きたい点です。多様な文化を知ること、身につけることは、より多様な人々との交信を容易にするので、より豊かな人生を生きるための有力なツールとなるという点も強調しておきたいと思います。
(回答者:佐藤寛氏)
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