ベルギー国旗 Belgium

1. 政府の全体像と文化遺産国際協力に関する行政区分

1993年の憲法改正により連邦制へと移行したベルギーは、国家レベルの連邦政府の他、言語境界線(フランス語圏、オランダ語圏、ドイツ語圏、二言語併用圏)で区分された共同体、地域と三つのレベルによる重層的な統治機構を編成する。文化の権能の大部分は、共同体政府の所轄下に置かれるが、文化遺産に関しては、不可動文化財については地域政府が主管し、それ以外の文化遺産は共同体政府が主体となり政策を実施する体制をとる(下図参照)。

上記のような統治機構により、連邦政府だけでなく、共同体政府や地域政府も外交権を行使することが可能であり、対外協力や交流の主体となりうる。また、ユネスコやイコモスといった国際的な組織の国内代表委員会の多くは、フランダースとワロン・ブリュッセルがそれぞれに組織を編成している。


ベルギーの連邦構成体と各レベルの管轄事項
ベルギーの連邦構成体と各レベルの管轄事項

2.1 国内文化財保護の法体系

国家レベル

記念物・遺産保存法 (Loi sur la conservation des monuments et des sites, 1931)

地域レベル

フランダース 不可動文化財法 (Onroerenderfgoeddecreet, 2015)
海洋文化財法 (Varenderfgoeddecreet, 2002)
ワロン 文化遺産保存法 (Décret relatif à la conservation et à la protection du patrimoine, 1999)
ワロン地域都市・地方計画、遺産及びエネルギーに関する条例 (Code wallon de l’aménagement du territoire, de l’urbanisme et du patrimoine (CWATUP), 2016)
ブリュッセル首都地域 ブリュッセルの土地整備に係る条例
(Le Code Bruxellois de l'Aménagement du Territoire (CoBAT), 2004)

共同体レベル

フランダース フランダースの文化遺産に係る法律(Decreet Houdende het Vlaams Cultureel-erfgoedbeleid, 2017年改正)
ワロン・
ブリュッセル連合
可動文化財及び無形遺産に係る法律 (Décret relatif aux biens culturels mobiliers et au patrimoine immatériel de la Communauté française, 2002)
ドイツ語話者
共同体
記念物保護、記念物、景観、発掘に係る法律(Dekret über den Schutz der Denkmäler, Kleindenkmäler, Ensembles und Landschaften sowie über die Ausgrabungen, 2008)

2.2 文化遺産国際協力に関する固有の法律の有無およびその特徴

該当の法律はなし

2.3 国際協力全般の中での文化遺産国際協力の位置づけ

国家レベル

  • 外交政策:①平和と安全保障、②人権、および③世界規模の連帯の実現のための国際社会における積極的な貢献
  • 開発協力:ジェンダーおよび環境保護を重視

※連邦政府の開発協力政策において文化遺産への言及はなし。

地域・共同体レベル

フランダース (Conceptnota aan de Vlaamse Regering 2016、Visienota immaterieel cultureel erfgoed 2010を参照)

  • 持続可能な開発目標(SDGs)14(海洋・海洋資源の保存・活用)にならい、世界遺産海洋プログラムを積極的に推進
  • 文化遺産関連の国際機関やEU関連機関との連携を重視
  • フランダースにおける無形文化遺産保護の取組みを国際的なモデルケースとするべく、保護活動を積極的に対外発信。国際協力事業にフランデレンのノウハウを活用することを目指す。

ワロン・ブリュッセル連合、ワロン地域 (de Politique Internationale 2014-2019 des gouvernements de la Fédération Wallonie Bruxelles et de la Wallonieを参照)

  • 中東におけるテロ行為や自然災害が文化財の違法取引のターゲットとなることを懸念し、注視する。 1970年条約を受けての国内法(連邦レベル)の成立、1995年UNIDROIT条約の締結をめざし、EU枠組みでの動向も参照する。違法に流入した美術品の取り扱いに関する実務的な研修や意識向上に向けた活動(アートディーラー、収集家などを対象)を実施する。

2.4 国家予算

歳入:544.76億ユーロ、歳出:614.37億ユーロ(2017年)

2.5 文化財保護の予算

フランダース(共同体) 43,472,000ユーロ(2016年)
フランダース(地域) 87,800,000ユーロ(2016年)
ワロン・ブリュッセル連合(共同体) 10,818,513ユーロ(2015年)
ワロン(地域) 46,755,000ユーロ(2016年補正予算)

2.6 文化遺産国際協力予算

フランダース

  • フランダース信託基金(文化遺産):毎年約110万ユーロを拠出。
  • 文化遺産に係る国際協力・交流の事業予算(公募制):451,000ユーロ(2016年)

ワロン・ブリュッセル連合

  • 当該分野をターゲットとする予算配分はなし。

2.7 政府関係組織

ベルギー文化遺産国際協力関連機関
ベルギー文化遺産国際協力関連機関

以下、各組織の区分:〇=実施機関、●=支援機関

〇ベルギー技術協力公社(BTC, Belgian Development Agency)

沿革 連邦政府外務省DGDの協力プログラムや多国間協力プログラムの実施機関として1998年に設立(日本の独立行政法人に類する組織)。
概要 技術協力、プログラム支援、援助対象国政府に対する資金協力等のスキームがある。
予算 221,000,000ユーロ(2015年実績値)
対象国 14のパートナー国を対象に事業を展開(アルジェリア、モロッコ、セネガル、ギニア、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、ベナン、コンゴ民主共和国、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、タンザニア、モザンビーク、南アフリカ、パレスティナ自治区、ベトナム)。

〇海外教育研修推進協会(APEFE asbl, Association pour la Promotion de l'Enseignement et de la Formation à l'Etranger)

沿革 1976年にNPO法人として設立
予算 41,412,547ユーロ(2015年実績値)
※85%以上の予算は連邦政府DGDのプログラムとして実施。13%はWBIからの助成金
概要 保健、農業、環境または貧困削減の分野での技術・職業訓練を行う。
対象国 ボリビア、ハイチ、コンゴ民主共和国、ブルンジ、ルワンダ、ベナン、ブルキナファソ、セネガル、カンボジア、ラオス、ベトナム、モロッコ、パレスチナ自治区

〇フランデレン開発協力技術支援協会(VVOB, Vlaamse Vereniging voor Ontwikkelingssamenwerking en Technische Bijstand)

沿革 1982年にNPO法人として設立
予算 10,900,296ユーロ(2015年)
目的 途上国における教育の質の向上、教育の機会の提供
概要 途上国における教育分野の技術支援、教師の要請、教育行政の強化
対象国 コンゴ民主共和国、ウガンダ、ルワンダ、ザンビア、モザンビーク、南アフリカ、ベトナム、カンボジア

●フランデレン文化遺産支援拠点(Vlaams Steunpunt voor Cultureel Erfgoed(FARO vzw))

沿革 2005年に採択された欧州委員会「社会のための文化遺産の価値に関する枠組条約(Framework Convention on the Value of Cultural Heritage for Society)」をもとに設置されたNPO法人。
役割 フランデレン域内およびフランデレン政府の助成を受ける有形及び無形文化遺産関連事業の支援を行う。文化・青少年・スポーツ・メディア省芸術・遺産局の業務を受託する。
事業 文化遺産保護に関する情報の発信、文化遺産関連組織の域内外ネットワークの拠点形成、セミナーの実施、フランデレン政府助成事業のデータベース構築、文化遺産PR活動etc.

2.8 大学・研究機関等

〇王立文化財研究所(Institut Royal du Patrimoine Artistique/ Koninklijk Instituut voor het Kunstpatrimonium)

沿革 1948年に設立。連邦政府科学政策局の一機関。
事業 インベントリ作成、文化遺産の記録作成、科学・技術データの管理、科学データの国内外への公開、美術品・工芸品の調査研究、材質や技術のモニタリング及び開発、文化財の保護、国内外の事業や会合への積極的な参加

〇王立中央アフリカ博物館(Musée royal de l'Afrique centrale/ Koninklijk Museum voor Midden-Afrika)

沿革 1898年にコンゴ博物館としてレオポルド二世国王が設立(1960年に現名称へ変更、現在は連邦政府科学局の一機関)。
概要
  • アフリカ各地からの収集品の保存管理、科学調査、教育普及、開発協力。組織内に開発協力を専門に扱う部署を置く。
  • 30年以上にわたり連邦政府DGDのアフリカを対象とするプログラムを請け負う。国外からはアフリカ開発銀行、世界銀行、欧州各機関の援助を受け国内外で協力事業を展開。
事業
(文化遺産関連のみ)
  • ベナンのアフリカ文化財学校 (École du patrimoine africain (EPA)) を拠点にアーキビスト養成プログラムを実施(対象はコンゴ、ブルンジ、ルワンダ人)
  • 動物学関連の博物館コレクションの保存及び情報化に関する研修

〇サンカントネール博物館(Musée du Cinquantenaire/Jubelparkmuseum)

沿革 1835年設立。王立芸術・歴史博物館(Musée royal d'art et d'histoire)の一組織。
概要
  • 国内外の考古遺物や文化財を収集・調査・展示する。
  • 1905年以来、エジプト、シリア、イースター島、イタリア、ギリシア、ベトナム、メキシコ、ロシア、ヨルダン、ポーランド、ポルトガル、モンゴル、ウクライナ、ウズベキスタン、ボリビア、ペルーで考古学調査を実施。

〇ボードワン国王財団(Fondation Roi Baudouin/ Koning Boudewijnstichting)

沿革 1976年設立の公益財団。文化遺産部門は1991年に設置。
予算 49,800,000ユーロ(2016年)
実績 支援総額:34,855,199ユーロ(2015年)、支援団体数:1813。
概要
  • アフリカ、ヨーロッパ統合、ドイツ語話者共同体(ベルギー国内)、保健、文化遺産、フィランソロピー、貧困・社会正義をテーマに民間活動を支援。
  • 米国に支局を有する(ただし、米国はフィランソロピー活動の支援のみ実施)。
事業
(文化遺産関連)
  • 緊急的な保護措置の必要な文化財に対するベルギー国内の文化遺産保存事業を支援
  • 2015年より在外ベルギー文化遺産賞(Prix du patrimoine belge à l’étranger)を設置。連邦政府外務省と共同実施。外国にあるベルギーと歴史的に関わりのある遺産の保護推進を目的とする。

〇ワロン文化遺産研究所(Institut du Patrimoine Wallon)

沿革 1999年に地域の公的機関として設立。
概要
  • 登録文化財の保護、インベントリ作成、文化遺産保護啓発活動、保存修復の職業訓練
  • 文化財技能センター「平和-神」(Centre des métiers du patrimoine "la Paix-Dieu")を主体に、国際協力事業を実施。
実績
(国際協力関連)
  • ハバナの歴史的建造物Conde Canongoの修復(キューバ)
  • サンルイの旧集会所修復への技術支援(セネガル)
  • ゴレ島のアドミラル邸修復に向けた人材養成事業(セネガル)
  • フエ省フクテイック村の有形無形文化遺産保存事業(ベトナム)
  • RIWAQ建築保存センターへの支援(人材養成等)(パレスチナ自治区)
  • ポルト・オ・プランスの歴史的建造物修復事業(ハイチ)

〇レイモン・ルメール国際保存修復センター(Raymond Lemaire International Centre for Conservation)

沿革 1976年にレイモン・ルメール博士が設立。
概要 ルーヴェン・カトリック大学(KUL)の工学研究科の修士プログラムの位置づけにある。これまで約800名の卒業生を輩出。
事業 ユネスコチェアプログラム"PreventiveConservation, Monitoring and Maintenance of Monuments and Sites (PRECOM3OS)"を実施。

〇大学(情報追加中)

ルーヴァン・カトリック大学(KUL)

1940年代以来、中近東を中心に発掘調査を実施。現在、エジプト、スーダン、シリア、ギリシア、トルコをフィールドとしている。

ヘント大学(Ghent Universiteit)

1951年にイランで調査を開始。以来、ギリシア、イラク、トルコ、ヨルダンでも調査を実施。現在はイタリア、ポルトガル、シベリアで調査を実施している。

ブリュッセル自由大学・建築学科ラ・カンブレ・オルタ(Faculté d'Architecture La Cambre Horta)

石巻建築ワークショップ「Resilient Ishinomaki」として、震災直後の 2011 年7月にブリュッセル自由大学の卒業生、東北大学の学生を中心として被災した石巻の将来を考えるワークショップを開催(国際交流基金が助成)

ベルギーの研究機関による考古学関連事業実施地の分布
ベルギーの研究機関による考古学関連事業実施地の分布
(出典:van der Linde, Sjoerd et al. (ed.) European Archaeology Abroad:

2.9 各組織の連携について

(上図を参照のこと)

2.10 他国・国際機関(UNESCO,ICCROM等)との連携

  • 2002年にユネスコと協力協定を締結。特に世界遺産センターとbelspoの協力強化をねらいとする。
  • 2010年にフランダース信託基金(①科学分野、②アフリカと文化遺産分野の2部門)を設置
  • 2015年以降、ICCROMのRE-ORGプログラムの拠点を形成し、国際セミナー等を実施(協力機関:王立文化財研究所、サンカントネール博物館、FARO、ワロン・ブリュッセル連合、アントウェルペン州)

3. 文化遺産国際協力における近年の動向

2015年の王令により、連邦司法警察の美術・骨董品部門を廃止することが決定され、現在、美術品や文化財の違法な取引を専門に扱う部署が不在となっている。2016年3月のテロ及びその後の国際動向に鑑み、ベルギーブルーシールド国内委員会は2017年2月3日付けで内務大臣及び法務大臣宛に美術・骨董品部門廃止決定の撤回を求める嘆願書を提出した。


4.1 資金の流れ

枠組みによって資金の流れが異なる

4.2 案件の決定

フランダース信託基金

フランダースの対外庁代表とユネスコの担当者で構成される運営委員会が事業を選定し、フランダース外務大臣の承認を受け事業を開始する。

4.3 目標設定

事業選定の基準:政策との一貫性、維持可能、継続性、多様性、波及効果、パートナーシップ、効率性、実現可能性、可視性

4.4 現状と課題

主たる受益国はアフリカ地域の国家。ODAの対象国を限定することで、戦略的かつ継続的な事業展開を実現している。

4.5 ケーススタディ

ケーススタディ①(東南・南アジア)

事業名 フエ省フクテイック(Phuoc-Tich)陶芸村の保存と活用
受益国 ベトナム
支援機関 ワロニー地域政府
実施期間 ワロニー文化財研究所
期間 2010-2012
概要 2007年以来、ワロニー文化財研究所はベトナム文化芸術研究院(VICAS)と協力し、フクテイック村の有形無形文化遺産保護に関する事業を実施している。2010年から2012年にかけては、フクテイック村の有形及び無形の文化遺産の保存と活用に係る事業(①伝統的な陶芸技術の再活用による無形文化遺産保護の推進②木造家屋の修復及び陶芸家の養成所も兼ねたサイトミュージアムの設置③観光開発を目的とした村の再活性化)を実施した。

ケーススタディ②(中南米)

事業名 カラクムル遺跡保存支援に向けた4D地理情報システムの開発と活用
受益国 メキシコ
支援機関 ベルギー科学政策局
協力機関 ヘント大学地理学科、リエージュ大学年代測定ヨーロッパセンター、ルーヴェン・カトリック大学(KUL)工学研究科
プログラム ベルギー科学政策局と世界遺産センターの研究開発協力協定に基づく
期間 2003-2010
予算
概要 2002年に世界遺産に登録されたカラクムル遺跡の保護に係る4D情報システムを構築する。遺跡の現状、保存・修復・管理の状態やアクションプラン作成に関する情報を集積し、メキシコの遺産管理者によるシステム活用を支援した。また、作成したドキュメンテーションをもとに、複合遺産としての推薦を推進した。

ケーススタディ③(アフリカ・無形)

事業名 2003年無形文化遺産保護条約実施に向けたサブリージョナル間協力及び国家能力形成の強化
受益国 ボルワナ、レソト、マラウイ、ナミビア、スワジランド、ザンビア、ジンバブエ(2011-2013はボツワナ、マラウイ、ザンビア、ジンバブエを対象に同テーマのプログラムを実施)
プログラム フランダース政府信託基金
実施機関 ユネスコ
期間 パート1:2014、パート2:2016-2017(2009-2011はジンバブエを除く6か国を対象にインベントリ作成支援プログラムを実施)
予算 パート1:250,000USD、パート2:250,000USD
概要 ユネスコのグローバル・キャパシティ・ビルディング戦略に基づき、2009年より継続的にアフリカ各国による2003年条約の実施を支援している。2014年以降はジンバブエを拠点にサブリージョナル間協力を推進し、国家レベルの能力形成活動を監督する。2009年からのプログラム実施を経て、インベントリ作成後のアクションプラン作成、法整備、保護体制の構築を行っている。

ケーススタディ④(アフリカ・有形)

事業名 世界遺産都市プログラムの開発と実施の支援
受益国 ケニア、タンザニア、モザンビーク
プログラム フランダース政府信託基金
実施機関 フランダース政府空間計画・不可動文化遺産局(RWO、現在の不可動文化遺産局)、レイモン・ルメール国際保存修復センター、ブルージュ市、他
期間 2010-2012
予算 399,300USD(プログラム全体の予算は300万USD[複数のドナーによるプログラム])
概要 技術支援やトレーニングプログラムを実施。都市環境における文化遺産保護のツールキット開発のための調査。現代建築のインパクトを評価するためのガイドラインやベストプラクティスの形成。 世界遺産センター、RWO、レイモン・ルメール国際保存修復センターが事業立案を主導した。

5. 特筆事項

  • ヴェニス憲章起草者の一人であり、イコモス設立者の一人でもあるレイモン・ルメール(Raymond Lemaire)博士が、第二次世界大戦後のベルギーにおける文化遺産保護活動を主導した。
  • 援助対象国を世界の最貧国または歴史的に関係の深いパートナー国に限定している。現在、18カ国・地域(うち13カ国)がアフリカ)を協力対象としており、なかでも旧植民地のコンゴ民主共和国,ブルンジ,ルワンダへの経済協力を重視する。

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