ドイツ国旗 Germany

1. 政府の全体像と文化遺産国際協力に関する行政区分

●連邦政府組織

  • 連邦共和制をとっており、16の州で構成される。
  • 連邦レベルの省は以下の通り:首相府、経済・エネルギー省、外務省、労働・社会省、内務省、司法・消費者保護省、財務省、食糧・農業省、国防省、家族・高齢者・女性・青少年省、保健省、交通・デジタルインフラ省、環境・自然保護・原子力安全省、教育・研究省、経済協力・開発省

●外交政策と文化

  • ドイツでは、対外文化・教育政策(AKBP)が、通常の外交および対外経済政策と並んで、外交の第3の柱として位置づけられている。

●文化遺産政策

  • 連邦レベルでは、文化省は設置されておらず、首相府に属する文化・メディア庁(Federal Government Commissioner for Culture and Media, Federal Chancellery)が文化政策を担当している。
  • 文化メディア庁の主要な職務は、舞台芸術から博物館に関わることまで、文化行政に関して首相に助言し、支援を提供することである。不動産の文化遺産は、連邦レベルではなく、州レベルの管轄となっており、遺産保存は特に州政府の歴史的記念物保護の担当部局の責務となっている。

2.1 国内文化財保護の法体系

ドイツでは、文化財のカテゴリーにより、異なる法体系で保護が規定されている。

●動産文化財

  • 2016年に成立した文化財保護法(Cultural Property Protection Act)が動産文化財の国内における保護措置のほか、文化財の移動、取引、返還等について規定している。なお、本法は、ユネスコの文化財の不法輸出入等禁止条約(1970)および加盟国の領域から不法に移送された文化財の返還に関する命令(2014)の国内履行法としての性格ももつ。

●不動産文化財

  • ドイツは連邦制をとっており、各州において記念物保護法が定められている。各々の記念物保護法は下記サイト等よりまとめて閲覧可能。
    http://www.dnk.de/Recht__Gesetz/n2364

2.2 文化遺産国際協力に関する固有の法律の有無およびその特徴

日本でいう海外の文化遺産の保護に係る国際的な協力の推進に関する法律に相当するものはない。

2.3 国際協力全般の中での文化遺産国際協力の位置づけ

文化遺産国際協力をもっぱらに扱う法律はないが、対外的な文化・教育政策は、ドイツの外交政策の重要な柱になっている。

2.4 国家予算

€329.1 billion (2017)

2.5 文化財保護の予算

特に不動産文化財の保護は分権化されているため、国家としての文化財保護予算はデータなし。

2.6 文化遺産国際協力予算

文化遺産国際協力予算としてまとまったものはない。文化遺産の国際協力に携わる各組織別予算。

●外務省

●経済協力・開発省

  • 開発援助の一環として文化遺産サイトに関する国際協力を行っているが、文化遺産は独立した援助対象部門ではないため、不明。

2.7 予算配分(執行)方法

おそらく、大使館・領事館を通じた要請、国際機関への貢献等を考慮して事業が立てられていると思われる。

2.8 政府関係組織

●外務省

<歴史>

  • ドイツ連邦共和国では、1981年より外務省文化保護プログラム(Cultural Preservation Program)を通じて世界中で文化遺産保護の支援を行っている。
  • 1981年から2014年の間に、144の国で2650件以上の事業を支援しており、総額は6300万ユーロほどにのぼる。事業の大半は、国外の文化遺産の保護を目的とするものであるが、中には、他国に所在するドイツの文化財の保護措置の支援を目的とするものも含まれる。

<目的>

  • 文化的アイデンティティとその多様性の保護と維持が、外務省の国外での文化的取組の優先事項の一つである。文化保護プログラムでは、文化遺産保護を通して、平和的共存と相互理解を支援すること、および支援対象国の人々の自らの起源や出自をもつ地域に対する理解を促進し、また多文化間対話の尊重を推進することが目的。
  • 文化保護プログラムはドイツの文化・教育に関する外交政策の有効なツールであり、近年では、危機に瀕する国々の安定化や危機の予防において、文化保護プログラムの果たす役割が徐々に大きくなってきている。

<対象>

  • 支援対象は国外での活動であるが、その内容は、寺院の壁画修復、建造物の保存・修復から、手書き文書・映像資料・音声資料・文化財記録資料のデジタル化に至るまで多様である。

<手法>

  • 文化遺産事業は通常、専門家と地元の人々が協働して事業実施に関わっている。しばしば、保存修復に関するトレーニングプログラムも事業内容に含まれており、雇用や収入創出の機会も生んでいる。このことは、施策の持続性と成功、および対象国との協力関係強化を支える要素になっている。

<予算>

●経済協力・開発省とドイツ国際協力公社(GIZ)

<開発協力の仕組み>

  • ドイツでは、経済協力開発省(BMZ)が開発援助政策の企画・立案・管理を所管しており、二国間援助(資金協力、技術協力)および国際機関を通じた援助について調整を行っている。実施機関は複数あるが、主要な役割を担っているのが、「ドイツ国際協力公社(GIZ)」である。これは、2011年にドイツ技術協力公社(GTZ)、国際再教育開発公社(InWEnt)およびドイツ開発サービス公社(DED)の3機関を再編統合して発足した組織である。資金協力は、政策投資銀行であるドイツ復興金融公庫グループ(KfW)の中の「ドイツ開発銀行」が主に所管している。(※前身のGTZは、1970年代からネパールのバクタプルにおいて地域開発事業、1980年代からマレーシアのペナンにおいて都市保全事業を実施しており、歴史都市の開発・保全にも都市開発の文脈で関わっていた。)
  • GIZの事業の大半は経済協力開発省からの委託事業だが、その他の省庁や国内外の政府(間)組織や民間団体による事業を請け負って実施しているケースもある。

<GIZ概要>

  • 本部:ボンとエッシュボーンEschborn
  • 予算:24億ユーロ(2016)。1500件以上の事業が進行中。
  • 組織:120カ国に職員18260人。うち70%は当該国のスタッフ。

<開発協力の事業分野>

①経済開発・雇用促進・民間セクターとの協力、②民主化・市民社会・ローカルガバナンス強化改善の推進、③地域開発・資源の安定的確保・水問題、④保健衛生の改善、⑤内戦後の安定化・平和構築
※文化遺産への協力の項目立てはないが、文化遺産関連事業も行われている。

<対象地域>

●ドイツユネスコ国内委員会

  • ドイツのユネスコ加盟(1951)に先立ち、1950年に設立された組織であり、ドイツ外務省の支援をうけている。ドイツの対外的な文化・教育政策を仲介する役割を果たしている。教育、科学、文化、コミュニケーションの各分野で活動するおよそ100の団体等で構成されている。
  • 主な役割は以下の通り。
    ①連邦政府、内閣、およびユネスコの活動領域または欧州評議会の管轄分野の特定分野に関わりうるあらゆる公的組織に対する助言。
    ②ドイツの専門家や市民団体によるユネスコにおけるプログラムや規範作成への貢献の調整。
    ③オーストリア、スイス、ルクセンブルグのパートナー組織とともに、ユネスコの活動領域のトピックに関し、ドイツ国内における情報普及や意識啓発を行う。
    http://www.unesco.de/en/home.html

2.9 大学・研究機関等

●ブランデンブルク工科大学コトブス(Brandenburgischen Technischen Universität Cottbus, BTU)

●大学による遺産保護事業への参画

  • BTUコトブスを含め、国内の様々な大学の様々な専攻が、その専門性に基づき、国内外において文化遺産の保存修復に関与している。例えば、アフガニスタンのバーミヤーンの保存に関しては、アーヘン工科大学、ミュンヘン工科大学のチームが関わり、マリのトンブクトゥの手書き文書の保存に関しては、ハンブルグ大学の研究所(Center for the Study of Manuscript Cultures)が関わる等。

●ドイツ考古学研究所DAI

<概要>

  • 世界的ネットワークを有するドイツの文化外交の重要な機関として、外務省の所管領域において活動する連邦機関であり、1829年に"Instituto di corrispondenza archeologica"の名称でローマに設立されたのが始まり。1871年以来、国家機関となっている。本部はベルリン、職員数は約250名。
  • 考古学分野において、世界各地で研究を実施、促進していくことをミッションとし、研究を通じて、文化間対話、国際的な学術的協働、および文化遺産保護の重要な基盤を築くことが目指されている。
  • 歴史的記念物委員会、建築委員会、文化財保護・史跡管理委員会といった内部組織をもち、外務省と協力して国際条約や国際規範に基づく義務を履行していくことが図られている。また、世界中で記念物保護や修復事業に従事しており、数多くの当該国のパートナーや国際パートナーと協力しながら、考古学上の記念物の保護、修復、観光開発等に貢献している。
  • 当初は地中海周辺地域や中東地域を対象としていたが、現在ではフィールドは世界中に広がっている。
  • ドイツの文化遺産国際協力事業を紹介するウェブページも開設。http://www.culthernews.de/

<協力の手法>

  • 個人間協力:招聘、スカラシップ業、委員会への招聘を通して研究者間の研究上の協働を進めている。
  • 組織間協力:研究所、考古学当局、博物館等との密な協働ネットワークを維持し、諸外国における協力事業の公的な位置づけを確保している。
  • 学術協力:国内の学術課程や大学院のスタディプログラムに関わり、専門的な能力と意識をもつ人材の育成に貢献している。
    https://www.dainst.org/

2.10 民間財団

●Gerda Henkel Foundation

  • 1976年に設立された財団。本部はデュッセルドルフ
  • 人文分野の専門的事業の支援を通じた、大学・研究機関における学術の推進を目的とする

<研究助成>

  • 分野:考古学、美術史、イスラム歴史研究、歴史学、法制史、科学史、先史学
  • 助成額:最大€15000/件

<事業助成Patrimoines program>

  • 対象:危機的地域に所在する文化・歴史遺産の保存事業。歴史学、考古学、美術史学の学術研究も助成対象となるケースもある。具体的には、文化遺産保存、学術インフラの強化、若手研究者育成、対象地域におけるネットワーク構築に貢献する措置を支援する。
  • プログラムは公式発表はされておらず、選定したパートナーと協働し、徐々に発展させている段階。
  • 危機に瀕している地域や、文化遺産保護を自ら実施するキャパシティがない国が優先的に対象となる。
  • 2016年度実績:27件、€2,365,714.93
    https://www.gerda-henkel-stiftung.de/foundation

●Jutta Vogel Foundation

  • 2003年に設立された財団。事務局はケルン大学文化・社会人類学科におかれている。

<支援対象>

  • アフリカの砂漠地帯の文化保護を財団事業の中心とし、アフリカの砂漠地帯の文化遺産に対する意識啓発、文化間対話の支援、同地帯の民族や生活に対する認知工場、同地帯の文化遺産の保護を目的に支援を行っている。支援対象は、アフリカ砂漠地帯の文化・景観の保護措置、文化・景観の歴史研究、記念物・先史遺跡の保護、学術的な記録作成と書籍刊行である。
    https://jutta-vogel-stiftung.de/english/home/

2.11 NGO等

●ドイツICOMOS

  • 1965年に設立され、350名以上の会員を擁する。国際ICOMOSは2000年より危機に瀕する文化遺産のワールドレポートを定期的に発行しているが、これは国際りICOMOS会長をドイツ人が務めていた時期に連邦政府から資金援助を引き出したことに依っている。
    http://www.icomos.de/

●ドイツICOM

  • 1953年に設立され、5000名以上の会員を擁するドイツ国内最大規模の美術館・博物館の専門家組織。
    http://www.icom-deutschland.de/

2.12 各組織の連携について

下記事例のように連邦政府支援事業が民間財団支援事業を伴う例もみられ、大枠での連携のほか、個々に連携が図られていると考えられる。

2.13 他国・国際機関(UNESCO,ICCROM等)との連携

●ユネスコの条約の履行

●ICCROM

  • 1964年加盟

●欧州域内

欧州諸国間の文化遺産協力にも、規範作成、シンポジウム開催等により、積極的に関わっている。


3. 文化遺産国際協力における近年の動向

●経済開発協力

  • SDGsを経済協力開発省およびGIZによる開発援助は、SDGsを最重要視した方針のもとで進められている。

●外務省文化保護プログラム

  • 近年の中東での文化遺産の破壊被害に応じた事業が行われている。

4.1 資金の流れ

●外務省文化保護プログラム

<助成の対象>

  • 組織ではなく、事業に対して、助成が行われる
  • 助成は、自己経費による支出やその他組織からの資金供与が終了した段階で初めて申請することができる。また、事業期間中は、ドイツのその他の機関等からの資金提供をうけることはできない。

4.2 案件の決定

●外務省文化保護プログラム

<申請者>

  • ドイツまたは事業が行われる国の政府機関、非政府組織、または個人が申請することができる
  • 申請書は、事業詳細、詳細な予算計画を含むものとし、対象国の大使館・領事館またはドイツ外務省文化保護タスクフォースに提出されなければならない。5月31日までに提出されたものが次年度の支援対象候補として検討される。

<対象事業>

  • 国外の文化遺産保護および国外に所在するドイツの文化遺産保護(ただし、東欧に残るドイツ人の歴史的居住地区は除く)
  • 事業内容例:歴史的建造物や歴史的なものの修理・保存、世界遺産の保存修復支援、口承の音楽・文学の収集・記録作成/手書き文書・映像資料・音声資料・文化財記録資料のデジタル化・保存/危機に瀕する文化遺産の記録作成/修復家・アーキビスト・博物館学芸員・研究者への基礎・応用とレーニングの提供/備品・設備等の供与(※発掘、および純粋な学術研究事業は対象外)

4.3 人材の選定

人材育成のため、ドイツ人専門家と地元の専門家が協働する体制も重要視されている。

4.4 ケーススタディ

●ネパールの世界遺産の保存修復支援

<外務省文化保護プログラム>

  • 2008年以来、外務省はパタン歴史地区の宮殿、寺院の保護に25万ユーロを拠出してきている。ドイツによる支援で修復された歴史的構造物も2015年4月のゴルカ地震で損傷しているが、ドイツ政府は被災後も支援を行い、再建が早い時期に開始された。瓦礫の中から救出された、美しい木彫りの部材やタイルはパタン王宮の中庭のファサードの修復に再利用された。
  • パタンでの保存事業の実施責任は、1992年以来カトマンズとパタンの数多くの建造物の保存修復を行っている「カトマンズの谷保存トラスト(Kathmandu Valley Preservation Trust)」と共同で負っている。2016年から2018年にかけては、Gerda Henkel Foundationからの支援をうけ、クリシュナ寺院の修復、崩壊したHari Shankar寺院の再建が行われる。

<ドイツ開発銀行>

  • 2015年4月のゴルカ地震をうけ、ドイツ政府は、バクタプルにおける病院建設、電力復旧、旧市街再建のため2500万€の拠出を決定。文化遺産のみを対象とした支援ではないが、病院、学校等とともに、寺院等の歴史的建造物の再建も事業の内容に含まれている。

●アンコール遺跡群における石造物・石構造保存(GIZ)

<事業プロファイル>

  • 委託元:経済協力開発省、実施期間:APSARA機構、期間:2006~2018

<内容>

  • 2007年までアンコール遺跡群の修復は、APSARA機構の実施能力が十分ではなかったため、国際チームによって行われていたが、2007年以降、GIZがAPSARA機構における石造保存ユニットの設置を支援している。
  • 人材育成を進め、地元の既存の専門性を強化するという長年の援助協力の経験を活かし、カンボジア人に対し、保存修復技術のトレーニングを行い、またそれを通して、彼らの収入確保も図っている。
  • カンボジア国内には石の保存を学べる場がなかったことから、オンサイトトレーニングに利用できるハンドブックの作成も行い、将来的には、APSARA機構において修復専門家を育成し、国際援助への支出を削減できるようになることも考えられている。

●マリ・トンブクトゥの手書き文書の保護

  • 2012年末、イスラム過激派により、トンブクトゥに所在するおよそ35万点の歴史的文書が損失・損傷の危機にあったが、地元の司書や専門家の尽力により、20万点以上が安全な場所へ避難させられた。ドイツ外務省はそれらの移送・保管のために支援を行い、うち4000点が首都バマコの公文書保管施設に移送された。Gerda Henkel Foundationも、それらの保存措置を講じるために資金援助を行っている。
  • マリの専門家とハンブルグ大学のドイツ人専門家が現在文書の修復作業を行っており、外務省文化財保護プログラムからは50万€が文書救出事業の支援に拠出されている。
  • 外務省の文化保護プログラム、民間財団(Gerda Henkel Foundation、Jutta Vogel Foundation)、研究機関(ハンブルグ大学)等、複数主体が支援を行う事業となっており、バマコのドイツ大使館が調整を担っている。

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