1. 政府の全体像と文化遺産国際協力に関する行政区分
スペイン政府には、外務省(Ministerio de Asuntos Exteriores y de Cooperación)、法務省(Ministerio de Justicia)、国防省(Ministerio de Defensa)、財務省および公共部門(Ministerio de Hacienda y Función Pública)、内務省(Ministerio del Interior)、勧業省(Ministerio de Fomento)、文部省(Ministerio de Educación, Cultura y Deporte)、雇用および社会保障省(Ministerio de Empleo y Seguridad Social)、エネルギー観光省、デジタルアジェンダ(Ministerio de Energía, Turismo y Agenda Digital)、農林水産食糧省(Ministerio de Agricultura, Alimentación y Medio Ambiente)、スペイン経済・産業・競争力省(Ministerio de Economía, Industria y Competitividad)、厚生労働省、社会福祉部、平等省(Ministerio de Sanidad, Servicios Sociales e Igualdad)といった省が置かれている。
文化遺産国際協力に関しては、文部省ならびに外務省所管の部門がある。
文部省所管では、文化局(Secretaría de Estado de Cultura)の芸術文化遺産総局(Dirección General de Bellas Artes y Patrimonio Cultural)が文化遺産保護に係る中心的機関としてある。
外務省所管では、国際開発支援を管轄するスペイン国際開発協力機構Agencia Española de Cooperación Internacional para el Desarrollo (AECID)が文化遺産の国際協力にも従事している。
2.1 国内文化財保護の法体系
●1985年6月25日のスペイン歴史遺産法第16号(Ley 16/1985, de 25 de junio, del Patrimonio Histórico Español.)
第1編 | 文化財の届出 |
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第2編 | 不動産 |
第3編 | 動産 |
第4編 | 動産不動産の保護 |
第5編 | 考古学的遺産 |
第6編 | 民族誌的遺産 |
第7編 | 文書および書誌的遺産ならびに資料館、図書館と博物館 |
第8編 | プロモーション対策 |
第9編 | 行政違反とその制裁 |
2.2 文化遺産国際協力に関する固有の法律の有無およびその特徴
(海外の文化遺産の保護に係る固有の法律は見当たらない)
2.3 国際協力全般の中での文化遺産国際協力の位置づけ
「2015年5月26日の無形文化遺産保護法第10号」(Ley 10/2015, de 26 de mayo, para la salvaguardia del Patrimonio Cultural Inmaterial)において、ユネスコおよび国連との協力の必要性や取り決めについて言及している。
2.4 国家予算
Gasto: 支出 | 436,372,818,000ユーロ (2016年) |
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Ingreso: 収入 | 330,086,925,000ユーロ (2016年) |
2.5 文化財保護の予算
2017年 歴史的遺産保護関連事業予算(芸術文化財および資料館・図書館総局管轄事業):4,755,230 ユーロ
2.6 文化遺産国際協力予算
詳細について要調査。
(参考1)2015年の開発援助予算(AOD: Ayuda Oficial al Desarrollo)は1,873,800,000ユーロ、そのうち約14%がAECIDの事業予算(255,000,000ユーロ)と公表されている。
(参考2)外務省所管の国際協力関連事業は124,523,760ユーロ(2017年)
2.7 予算配分(執行)方法
一般公募
2.8 政府関係組織
【文部省所管(Ministerio de Educación, Cultura y Deporte)】
文部省の文化局(Secretaría de Estado de Cultura)所管の芸術文化遺産総局(Dirección General de Bellas Artes y Patrimonio Cultural)に、スペイン文化遺産の保護保存に関わる二つの部局が置かれている。
●スペイン文化遺産機関管理部局(Subdirección General del Instituto del Patrimonio Cultural de España):
主な役割として、スペイン文化遺産の保存と修復自体の計画および技術の検討、文化遺産および関連事業に関する資料のアーカイブ、取り扱い、および頒布、各事例の事業実施と監査、国際機関への伝達および交流、技術者の訓練、および、遺産保全のための他の行政機関および公的機関または民間団体との協定締結の提案などを担う部局。
●歴史遺産保護管理部局(Subdirección General de Protección del Patrimonio Histórico):
文化遺産保護の法的制度の適用に関する担当部局。
【外務省所管(Ministerio de Asuntos Exteriores y de Cooperación)】
●スペイン国際開発協力機関Agencia Española de Cooperación Internacional para el Desarrollo (AECID)
外務省所管のスペイン国際開発協力機関は、貧困の防止と持続可能な社会発展に貢献することを目的とした国際協力に係る主要機関であるが、文化遺産国際協力の分野にも従事している。
【スペイン経済・産業・競争力省所管】(Ministerio de Economía, Industria y Competitividad)】
●スペイン科学研究高等会議(Consejo Superior de. Investigaciones Científicas: CSIC)
国際協力による研究事業の支援を含むスペイン最大の研究ネットワーク機関(職員1万5千人以上)であり、自治体全体に分散する多数の研究所や専門図書館、研究部門を包括的に管理している。例えば、2017年にはイタリア、エジプト、エチオピア等の考古学プロジェクトの研究支援実績が見られる。
2.9 大学・研究機関等
【文部省の補助金事業取り組み大学の例】
- カディス大学(モロッコ、テトゥアンの考古学プロジェク:モーリタニア時代およりローマ時代の遺産)
- ウエルバ大学(イタリア、オスティア・アンティカの港湾都市遺跡の調査)
- セビリア・パブロ・デ・オラビデ大学(ヴィラ・アドリアーナ(ティヴォリ)の考古学調査)
- バルセロナ大学(メキシコ、テオティワカンにおける中心地区形成に関する学際的プロジェクト)
- バルセロナ自治大学(タンザニア、リフトバレーのホモ・サピエンスの起源に関する研究プロジェクト)
- バルセロナ自治大学(ペルー、ナスカ、イカの調査プロジェクト)
- バルセロナ自治大学(イラク、ティグリス川渓谷の農業社会に関する調査研究)
- マドリッド・コンプルテンセ大学(アフリカ旧石器時代前期における大型動物相に関する考古学的研究)
など
2.10 NGO等
スペイン赤十字Cruz Roja Española、国際赤十字Cruz Roja Internacional、国際オックスファムOxfam Intermón、シデアル財団CIDEAL Foundation(開発協力研究支援)などの開発NGOのほか、EDUCO(コミュニティ教育)、Movimiento por la Paz(平和のための運動)、Ayuda en Acción(人道支援)、Manos Unidas(第三世界の発展に向けたNGO)など諸団体があげられる。
これらのNGOは、人材育成支援(経済、技術、物流)などを通して、地域の文化遺産保護に貢献する取組を行っている。
2.11 各組織の連携について
スペイン政府は、Cooperación Española (スペイン国際協力)という国際協力政策を掲げ、発展途上国との経済、社会、文化の進歩を促進し、貧困の根絶に貢献する多様な事業に取り組んでいる。支援国としても、国際協力の方法論開発や人材教育に役立つとともに、協力事業や組織の評価や技術的手段の開発に貢献するものと捉えられている。こうした連携のスローガンをもとに、各機関において、多様なプログラム開発や組織間の連携が図られている。
2.12 他国・国際機関(UNESCO,ICCROM等)との連携
スペインとユネスコの間で文化遺産に関する協力協定が締結されている(2002年4月18日)。登録されている文化遺産・自然遺産の管理を強化、世界遺産リスト作成に係るグローバル戦略の推進、保全・復旧の世界的なツールとしての世界遺産条約の役割の強化、文化や天然資源の保護と持続可能な開発に向けた信頼性の確保などを目的とする。
3.1 文化遺産国際協力における近年の動向
人々の経済発展と歴史文化遺産保全とのバランスの必要性については世界的な合意があり、歴史文化遺産の価値を促進する発展を導く重要性が理解されており、遺産管理者、一般市民、コミュニティ、遺産による受益者への適切な訓練の要請が高まっている。また文化遺産は、観光資源としても経済的資源としても活用される傾向が強く、大勢の観光客による潜在的な浸食に晒され、管理の難しさが増している状況にある。
4.1 資金の流れ
政府(一般予算)→各省(文部省や外務省)→ 各省所管の機関(スペイン文化遺産機関管理部局、スペイン国際開発協力機関AECIDなど)→事業主管組織(公共団体、NGO、官民パートナーシップ、多国間開発機関など)
4.2 案件の決定
文部省においては文化遺産国際協力関連事業の競争的研究費補助金制度があり、文化遺産国際協力関連事業の支援対象を選定・採択している。
4.3 人材の選定
文部省所管機関は、人材の選択から技術や支援体制まで、事業の技術的方針決定を担っている。
4.4 目標設定
文化遺産保護の理念・技術支援、人材育成、文化促進、インフラ整備、環境保護と生物多様性の持続可能な発展、紛争予防・平和プロセスの支援などを目標とするものである。
4.5 現状と課題
文化遺産国際協力は、歴史的中心地区の復活、モニュメントの修復、専修学校(職業訓練学校)の設置の3つの主な事業に分かれる。これらの活動の9割近くが中南米で行われている。中でも、ラス・エスクエラス・タジェールLas Escuelas-Tallerと呼ばれる専修学校の設置は、国際協力の分野において非常に重要な位置を占めている。
2017年までに以下の事業対象国に合計67のLas Escuelas-Tallerが設置されている。
●中央アメリカとカリブ諸国(10ヵ国)
キューバ(ハバナ)、エルサルバドル共和国(チリラグア、スチトト)、グアテマラ(アンティグア、グアテマラ、ケツァルテナンゴ、サンホセ)、ハイチ(ジャクメル)、ホンジュラス(コロスカ、コマヤグア、チョルテカ、サンタ・ロサ・デ・コパン、ダンリ、オホホナ、カタカマ、 プエルト・コルテス、コデムスバ・マンク)、メキシコ(メキシコシティー、オアハカ、プエブラ、チアパス)、ニカラグア(チナンデガ、グラナダ、レオン、マサヤ、プエルト・カベサス、アカウアリンカ(マナグア)、ソモト、リバス、オコタル、オメテペ、サンカルロス)、パナマ(コロン、パナマ)、プエルト・リコ(ポンセ、サン・フアン)、ドミニカ共和国(サント・ドミンゴ)
●南アメリカ(8ヵ国)
ボリビア(チキタニア、ラ・パス、ポトシ、スクレ)、ブラジル(ジョアンペソア、サルバドール、サンルイス)、コロンビア(ボゴタ、カルタヘナ、モンポックス、ポパヤン)、チリ(サンチャゴ)、エクアドル(クエンカ、キト)、パラグアイ(アスンシオン、コンセプシオン、サンペドロ・デ・イクアマンディユ)、ペルー(アレキパ、コルカ、クスコ、リマ)、ベネズエラ(シウダード・ボリバル、コロ、ラ・グアイラ)
●アフリカ(4ヵ国)
アルジェリア(オラン)、カーボベルデ(シダーデ・ヴェーリャ)、モロッコ(テトゥアン)、セネガル(セントルイス)
●アジア(2ヵ国)
フィリピン(マニラ)、パレスチナ国家(ヘブロン)
◎事業策定とその一貫性についての課題として、以下があげられる。
- 受益者の定義が明確に見えづらい。
- 課題、具体的な目的、代替案の分析、手段およびプログラムが明確に検証し辛い。
- 具体的な目的、活動内容、結果に至る論理的な報告記述が検証し辛い。
- プロセスを評価する客観的な指標が難しい。
4.7 ケーススタディ
ケーススタディ①
文科省による競争的研究費補助金制度を活用し、いくつかの大学が個々に推進する文化遺産国際協力関連の研究プロジェクトがある。
一つの例を以下に示す。
- バルセロナ大学の「メキシコのテオティワカンにおける中心地区形成に関する学際的プロジェクト」がある。石灰などの建設素材の化学分析に基づき、建設作業のプロセスや素材を入手した地区の特定などを国際プロジェクトとして進められている。
ケーススタディ②
外務省による中南米の「開発に向けた遺産プログラム P>D 」 (El Programa Patrimonio para el Desarrollo, P>D)
歴史的遺産などの復興事業を通して、地域再編および持続性のあるコミュニティ再生を目指す取組。以下のようなものがある。
- スチトト市(エルサルバドル)、ラ・アンティグア・グアテマラ市(グアテマラ)、コマヤグア(ホンデュラス)、ハバナ(キューバ)の都市計画事業
- アレキパ(ペルー)における伝統的な酪農場の2001年大地震による被害からの復興事業など
ケーススタディ③
(スペイン国際開発協力機関の関連事業として)
ラス・エスクエラス・タジェールLas Escuelas-Taller(専修学校・職業訓練学校)の設置(サンタ・クルス・デ・モンポス、コロンビア)
Santa Cruz de Mompox市は、マグダレーナ川の左岸にある。植民地時代の町は、河川と平行に成長し、物流かつ商業の要衝であった。その保全の状態が、ユネスコの世界遺産リストへの登録(1995)に有利であった。モンポス市のLa Escuela Taller(職業訓練学校)は、歴史的中心地区の文化遺産の復旧に貢献し、金細工などの地域遺産の保護にも役立っている。この学校の特色として、その教育を学校自体の施設で受けるのではなく、市内全体に分散するマスター職人の元で実習を受けるということがあり、モンポス市では「ワークショップの町」というコンセプトを掲げている。若者の仕事や開発のための教育を通じて、地域の若者は生活条件を改善しつつ、平和共存と平和構築の価値継承を担う。さらに、La Escuela Tallerは、多数の研修を他の自治体においても展開し、その地域の繋がりを広げている。主な活動としては、モンポス市内の教会堂、広場、文化館、墓地、劇場、病院などの修復プロジェクトがある。
(実績の概要)
カウンターパート機関 | コロンビア文化省 / 政府認定訓練機関(SENA) / ボリバル県サンタ・クルス・デ・モンポス市 |
---|---|
資金調達額 | スペイン:2,018,102ユーロ / カウンターパート:1,305,045ユーロ |
訓練生の割合 | 男性67%、女性33% |
就職 | 卒業生の95%が就職 |
公共空間の整備と保守 (道路、公園、広場など) |
広場の家具の修復、歩道や公園の整備 |
公共施設 | 文化館、文化博物館、墓地、教育センター |
社会的包摂 | 地区の雇用創出。平和文化の構築と共有スペースの整備、 自治体における生活文化の活性化。 |
機関認証 | 2012年5月以降、コロンビア政府による訓練プログラムとして認証されている。 |
機関使命 | 政府認定訓練機関(SENA)から委託された陶器、工業溶接および金加工の専門分野における訓練教育。 |
技術的成果 | 伝統工芸の消滅の危機に瀕した技術の継承。職人指導者によるワークショップの開催。学校と連携する職人が街全体に分散して存在し、このプロジェクトの「ワークショップの町」というコンセプトが浸透している。 |
シナジー効果 | ユネスコやイベロアメリカ機構など他の国際協力機関と連携し、文化教育や活動形態の進展が期待される。 文化遺産保護の活動が、自治体および住民の経済的、文化的発展ならびに生活改善に繋がる仕組みを示している点は、本事業の利点である。 |
5 自由記述欄
スペインによる文化遺産国際協力に関しては、中南米、フィリピン、北アフリカ等の地域における取り組みが目立つ。スペインは、15世紀から19世紀初頭まで、中南米諸国やフィリピンを植民統治していたたことに関係し、特に旧植民地の各国との結びつきが高く、経済、教育、技術支援の実績がある。文化遺産に関する中南米の旧スペイン植民地国に対する協力国はほぼスペインであるともいえる。中でも、中南米の多数の国で展開されているLas Escuelas-Taller(職業訓練学校)のプログラムは、文化遺産保護の取組が地域住民の教育や労働環境、生活環境の改善に結びついた持続性のある地区再編プロジェクトとしてもその重要性は高い。
スペインの国際協力プログラムのすべての活動は、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の目標11「持続可能な都市:包摂的で安全かつ強靭(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する。」の文脈で実施されている。