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1. 政府の全体像と文化遺産国際協力に関する行政区分

(2017年現在)
政府には、外務・国際協力省(Affari Esteri e Cooperazione Internazionale)、内務省(Interno)、法務省(Giustizia)、防衛省(Difesa)、経済金融省(Economia e Finanze)、経済発展省(Sviluppo Economico)、農業・食糧・森林政治省(Politiche agricole alimentari e forestali)、環境・土地海域保護省(Ambiente e Tutela del Territorio e del Mare)、インフラ交通省(Infrastrutture e trasporti)、労働・社会政治省(Lavoro e politiche sociali)、教育・大学・研究省(Istruzione, Università e Ricerca)、文化財・文化活動・観光省(Beni e Attività Culturali e Turismo)、健康(Salute)の13の省がある。このうち、国内の文化財を管轄するのは、文化財・文化活動・観光省(Ministero dei beni e delle attività culturali e del turismo)で、このことは文化財景観法典第4条1項に規定されている。文化遺産国際協力は、主に外務・国際協力省(Affari Esteri e Cooperazione Internazionale)が管轄。


2.1 国内文化財保護の法体系

文化財景観法典(Codice dei beni culturali e del paesaggio) 2004年制定、文化財・文化活動・観光省所管

イタリアでは文化財は、動産と不動産の双方を対象とし、両者は区別なく同等かつ一元的に扱われている。これに加え、景観財、そして博物館や美術ギャラリーのコレクション、アーカイヴ(文書コレクション、特に公文書)あるいは書籍コレクションも文化財と定義されて法の対象となっている。文化財の種別により例外もあるが、原則として法の対象は、制作者が生存しておらず、制作から50年以上を経ているものに限られる。

文化財景観法典は、法の対象となる文化財の種類と範囲を「芸術的、歴史的、考古学的および民族人類学的価値を示す、国、州、および国内にある他の公的機関、またその他の公的機関と団体、さらに民間非営利法人が所有する不動産および動産」とまず大枠で定義し(第10条1項)、その後の同条2項以降にて、公的な博物館・美術館、文書館や図書館等の所蔵物などの具体例を多く挙げながら、多様な文化財を定義している。この中に無形文化財は含まれておらず、従って有形か無形かを区別する用語は使われていない。またイタリアの法律における価値付けの原則は歴史的、芸術的価値など人文的価値にあり、日本の天然記念物のような学術的価値に基づく自然を保護する文化財の概念は、地質学上の価値を有する不動産が景観財に含まれている他は、法の対象とはなっていない。名勝における鑑賞上の価値についても、やはり景観財がその保護を担保している。

2.2 文化遺産国際協力に関する固有の法律の有無およびその特徴

文化遺産の保護と強化は、発展途上国に対するイタリアの新たな協力のあり方に関する法律(49/1987 Nuova disciplina della cooperazione dell'Italia con i Paesi in via di sviluppo)第1条2項に示されている、国際協力の重点的な役割のひとつとされている。

2.3 国際協力全般の中での文化遺産国際協力の位置づけ

イタリア外務・国際協力省が作成している2016-18年の「開発のための国際協力に関する3か年方針(Cooperazione internazionle per lo sviluppo: Documento triennale di programmazione e di indirizzo 2016-2018)」でも、文化遺産の持続的な発展のための保護と活用およびそれに関連した研修は、イタリアのこの分野での専門知識の蓄積が広く知られていることから、イタリアによる国際協力の要素とされている。

このように、文化遺産保護の国際協力はイタリアの外交施策の主要な要素のひとつとして位置づけられていることがわかる。文化遺産を持続的な発展(sviluppo sostenibile)、あるいは経済発展のための資源であると考えることが、イタリアの外交方針決定の根拠ともなっている。

2.4 国家予算

2017年度の13全省の歳出合計:4232億ユーロ(典拠:Il Budget dello Stato per il triennio 2017-2019、2016年12月確定、p50)

2.5 文化財保護の予算

2017年度の文化財・文化活動・観光省(Ministero dei beni e delle attività culturali e del turismo)の歳出予算18.3億ユーロ(典拠:Il Budget dello Stato per il triennio 2017-2019、2016年12月確定、p50)のうち、文化遺産保護(Tutela e valorizzazione dei beni e attivita' culturali e paesaggistici)に充てられる額は17.2億ユーロ(典拠:Nota Integrativa al Disegno di Legge di Bilancio per l’anno 2017 e per il triennio 2017-2019、p594)

2.6 文化遺産国際協力予算

2017年度:266万ユーロ、2018年度予定:262万ユーロ、2019年予定:263万ユーロ(典拠:典拠:Nota integrativa a legge di bilancio per l'anno 2017 e per il triennio 2017 - 2019 del Ministero dei beni e delle attività culturali e del turismo、p37、予算項目は「Accrescere il ruolo dell'Italia nella salvaguardia del patrimonio culturale mondiale. Coordinare le attività relative all' UNESCO, le iniziative europee, i progetti di cooperazione culturale internazionale」)

2.7 政府関係組織

〇文化財・文化活動・観光省(Ministero dei beni e delle attività culturali e del turismo)

文化遺産保護を管轄する省。1974年に初めて設置された。同省の名称は1975年にマイナーチェンジされ(Ministero per i beni culturali e ambientali)、さらに1998年には文化財・文化活動省と名称変更された。その後の数度の組織改編を経て、2013年以降は文化財・文化活動・観光省と改称されて現在に至っている。

文化財・文化活動・観光省大臣(Ministro)の下には事務局長(Segretario Generale)が置かれ、さらにこの事務局長のもとには11の総局(Direzione Generale)が置かれる(博物館、考古学・美術・景観、教育・研究、文書館、図書館・文化施設、会計、組織、観光、映画、舞台芸術、現代美術建築・都市周辺)。

全国各地の文化財の保護の実務は、国の出先機関である各地の文化財監督局(Soprintendenza)が行っている。

〇保存修復高等研究所(Istituto superiore per la Conservazione ed il Restauro)

1939年設立。2007年からは文化財・文化活動省から特別な独立性を与えられた機関(Istituti dotati di autonomiaspeciale)となり、2019年からはIstituto Centrale per il Restauroに名称変更となった。

美術品のほか考古遺物、遺跡や建造物等も含むより広範な文化遺産を対象とした保存修復およびそれに関する調査研究、ドキュメンテーション、教育、助言を行っている。また、保存修復や専門家の教育に関する国際協力を行っており、アルジェリア、アルゼンチン、アフガニスタン、中国、エジプト、インド、イラク、コソボ、マルタ、モロッコ、チュニジア、メキシコ、ポルトガル、セルビア、シリア、トルコでの活動の実績がある。

〇文化財監督局(Soprintendenza)等

全国各地の文化財の保護の実務を行う。文化財監督局は考古学・美術・景観監督局(Soprintendenza Archeologia, Belle Arti e Paesaggio)と文書館監督局(Soprintendenza Archivistica)ないしは文書館・図書館監督局(Soprintendenza Archivistica e Bibliografica)に大別され、全国に前者(考古学・美術・景観)は39、後者(文書館ないしは文書館・図書館)は15ある。

文化財監督局は考古学・美術・景観監督局(Soprintendenza Archeologia, Belle Arti e Paesaggio)と文書館監督局(Soprintendenza Archivistica)ないしは文書館・図書館監督局(Soprintendenza Archivistica e Bibliografica)に大別され、全国に前者(考古学・美術・景観)は39、後者(文書館ないしは文書館・図書館)は15ある。

通常の文化財監督局は会計総局(Direzione Generale Bilancio)所管の地方局(Segretariati Regionali)のもとに置かれているが、ローマにはコロッセオおよびローマ市中心部考古地区特別監督局(La Soprintendenza Speciale per il Colosseo e l'Area archeologica centrale di Roma)、ポンペイにはポンペイ特別監督局(Soprintendenza Speciale di Pompei)が存在し、両者は博物館総局(Diregione Generale Musei)の管轄下にある。

2.8 大学研究機関等

  • ヴェネツィア大学(カ・フォスカリ)ユーラシア学科によるシリアのシャイザール城郭遺跡(10-15世紀)の調査・修復・活用プロジェクト
  • トリノ工科大学の研究・考古記録調査国際センターによるトルコのヒエラポリス遺跡(世界遺産)の修復・管理・活用プロジェクト
  • ローマ大学(サピエンツァ)古代史・考古学・人類学科によるシリアのエブラ古代都市遺跡の発掘調査・修復・活用プロジェクト
  • ローマ第三大学によるエルサルバドルの文化遺産活用プロジェクト

など

2.9 NGO等

〇国際文化財保存修復センター
ICCROM (International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Property)

ICCROMは1956年に開催された第9回ユネスコ総会の決議に基づき、1959年に設立された政府間機関である。現在加盟国は129カ国で、事務局はローマに所在する。

主な業務は、文化財の保存修復に関する研究の促進・助言・勧告の付与、専門家の養成等で、前者に関わる活動としては、加盟国の要請に基づいて行う個別事業(例えばフィレンツェ・ヴェネチア水害後の文化財修復、モヘンジョダロ遺跡の保存等)、ユネスコの助言機関として行う世界遺産に関連する活動(世界遺産の保存状況に関する調査、国際支援要望書の評価等)、アフリカや東南アジア等の広い地域を対象とする総合的事業(例えばCOLLASIA2010、AFRICA2009等)等が挙げられる。

また専門家の養成については、世界の国や機関と協力し、1966年以降4000人以上の参加者を得て実施してきた。現在は、建造物遺産保存(ローマ)、石の保存(ローマ)、紛争時の文化遺産応急処置(ローマ)、木の保存(オスロ)、近代建築保存(ヘルシンキ)等に関する国際コースと、アラブ諸国の文化財専門家を対象とするATHAR(UAE等)およびラテン・アメリカ諸国で実施されるLATAM(メキシコ等)といった特定地域でのコースがそれぞれ定期的に行われている。日本との関係では、東京文化財研究所の実施する紙の保存コース、財団法人ユネスコ・アジア文化センター文化遺産保護協力事務所の実施する木造建造物の保存と修復コース及び遺跡の調査と保存コース、立命館大学歴史都市防災研究センターが実施する文化遺産と危機管理コースに協力している。

これらに加え、世界の文化遺産に関わる情報を幅広く収集・提供する活動、文化の多様性や環境の変化等を考慮した文化遺産の保護に関わる研究活動、世界各国での使用を念頭に置いた教材の作成や国際ワークショップの開催等を通じた文化遺産の啓蒙にかかわる活動などを展開している。

2.10 各組織の連携について

要調査

2.11 他国・国際機関(UNESCO, ICCROM等)との連携

●ユネスコ・イタリア信託基金

世界遺産(2002-5年に330万米ドル拠出、2006年にボロブドゥール遺跡の保存方針策定支援など)

  • 登録遺産の少ない国への登録申請支援
  • 文化・自然遺産のカテゴリーのうち登録が少ないものの特定、またその種類の遺産の登録促進のための協力
  • 登録遺産の保全・管理状況の評価、またそれらの登録遺産を管理する人員へのトレーニング
  • 登録遺産に関する国際協力(二国間・多国間)申請支援

無形文化遺産

  • 無形文化遺産基金への分担金拠出に加え、15万米ドルを任意で拠出(トレーニングや無形文化遺産保護のためのプロジェクト支援)

3. 文化遺産国際協力における近年の動向

1990年代後半以降、イタリアの文化遺産の分野での国際協力において、事業を展開する地域の拡大や、それに携わる機関の多様化が起きている。このことは、内部的には、文化的イメージの向上の外交戦略上の重要性に対する認識が強まったこと、対外的には、イタリアのこの分野での先進性が世界各国で認識されたことで支援の要請が増えたことにもよる。また、ヨーロッパ全体の地方分権の動きがイタリアにも波及したため、地方の権限が強化され独自の活動が展開できるようになったことも要因である。そのほか、国内の問題として、文化財関連の予算が削減されたため、予算や活動の場の確保のため、文化財保存修復の数多くの専門家の活動を国内だけでなく外国へも展開することの必要性が高まったことも原因となっているようだ。


4.1 資金の流れ

文化財・文化活動省の予算により、技術的には文化財・文化活動省や国立の調査研究機関、大学、企業などによって計画、実施される。このほか、世界銀行やヨーロッパ連合、さらには、ユネスコ日本信託基金といった外国や国際機関の資金も用いられ、事業が実施されている。

4.2 案件の決定

誰が何に対する支援を行うかは、主に外務省間の交渉により決められる。もちろん団体などが援助対象を指名する場合もある。現在でもスポンサーを希望する方がいるので、誰が何のスポンサーとなるかは、修復に要する期間、金額などのバランスをとりながら、省が決定している。

4.3 ケーススタディ

ケーススタディ①

サッカラ(エジプト)

サッカラは約3000年前の第一王朝から西暦960年のコプトのアパ・ジェレミアス(Apa Jeremias)修道院に至る、非常に長期にわたって利用された遺跡である。この遺跡を特徴づけているのは、エジプトの中王国~新王国時代の墓地で、約600件の墓が発掘済みであり、800件は未発掘であるが、いくつかの墓はすでに壊れている。古王国のウナス(Unas)王の生活について記したシャンポリオンが解読した最古のヒエログリフがある。ウナス王の墓の天井には星が描かれているが、現在は中に入ることができず、またラピスラズリが用いられた壁画も灰色に変色し、5000年間良好な状態を保っていたにも関わらず失われてしまった。サッカラでは、発見後の環境の変化だけではなく、セメントの使用などの過去の保存処理による悪影響や、水の浸出によるレリーフの浸食など、さまざまな問題を抱えていた。さらには、年間60万人の観光客という人為的な要因も存在した。これらの課題は、地中海地域の主要な遺跡が抱える問題の典型的な例ということができる。

そこで、イタリアとエジプトはサッカラに関する共同研究を開始した。具体的な内容は、この遺跡の劣化の過程を明らかにし、保存・保護のための理論的・実践的なモデルの構築を目的とした、環境および考古学的な調査である。そして、このような枠組みは、考古遺跡の抱える問題の解決のため、文化財・文化活動省傘下の保存修復高等研究所が作成している「文化財危険地図」に関する成果をエジプトに適用することを考慮して構築されている。

エジプト側からはエジプト環境庁(Egyptian Environmental Agency)と、エジプト古物最高評議会(Superme Council of Antiquities)がイタリア側のピサ大学古代世界歴史科学学科(Dipartimento di Scienze Storiche del Mondo Antico, Università di Pisa)の支援を受けて実施している。事業費は、第1フェーズに80万ユーロが割り当てられ、さらに350万ユーロがイタリア外務省の開発協力局から拠出された。

サッカラの場合は、文化財・文化活動省ではなく外務省の資金により事業が実施されているが、エジプトでの他の事業は文化財・文化活動省と協力して行われたものもある。たとえば、カイロのタフリール(Midan El Tahrir)博物館のマスタープランの策定は文化財・文化活動省と共同で実施している。

ケーススタディ②

モスタルの橋(Old Bridge in Mostar)(ボスニア・ヘルツェゴビナ)

モスタルの橋はオスマントルコ時代の1557年から66年にかけて建造され、1993年に爆破された。ユネスコはこの橋の再建を約束し、ファクト・ファインディング・ミッションをその直後に実施した。1998年にはユネスコと世界銀行、および国家記念物委員会(Commission for the Preservation of National Monuments)などの地元の機関が橋の再建に関する共同宣言を発し、それに対して5つの国(クロアチア、フランス、イタリア、オランダ、トルコ)およびヨーロッパ評議会銀行(Council of Europe Development Bank)が協力を申し出た。ユネスコの技術的、科学的な分野でのコーディネートにより、橋の再建と旧市街の再生に関する国際委員会(International Commission of Experts)が組織され、事業の実施やその質に関する監視を行い、事業は2003年に完了した。全体の事業規模はおよそ1650万ドルであった。

モスタルの橋の再建についてのイタリアの関与としては、2000年から2001年にかけて、General Engineeringというデザインや調査、診断を専門とするフィレンツェの会社とフィレンツェ大学の土木学科が共同でモスタルの橋の再建のデザインを担当している。ジェネラル・エンジニアリングはこのうち現状の調査と建築デザイン、土木学科は構造デザインを行った。他の国の機関としては、ドイツの企業のLGAが建築材料の実験室での試験を行い、ボスニア‐トルコ合弁企業のCONEXが地質調査を実施、クロアチアのOMEGA Eng.という企業が塔の再生計画を担当している。基礎部分の修理や橋の再建工事は、トルコの企業が担当した。

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